アンバランス

















「おっ、不二」

コートにふらりと姿を現した、美的に目立つ一人の存在に、いち早く気づいた仁王は声をかけた。



「やぁ、仁王」

片手を軽くあげて、風になびく髪を好きにさせながら、やわらかくさわやかな笑みとともに、

不二は挨拶を返した。



「早いな、お前ら今日は部活は?」

と言いながら、仁王はさっと腰掛けていたベンチの横を空けた。



「今日は休みだよ」

ありがとうと言って、不二は仁王の隣に腰をかけると、隣のコートでまだ打ち合いをしている目的の人に目をやった。









「青学たるんどるっ!」

突然後方の頭上から落ちてきた声に



「「わわっ!」」

と二人は驚きながら振り返った。



「急に現れるなよ・・・」愚痴る仁王。


「・・や・・・やぁ・・・真田・・・」不二も苦笑いしながらそれに続いた。







「一度や二度の勝利で日頃の鍛錬を怠るとは・・・・」

お説教を始めた真田に


「でもさ、今日はコート整備の日なんだよな・・・」仕方ないだろ?と不二はニコリと微笑んで、

上目遣いに真田を覗き込んだ。





その愛らしい仕草に、真田ばかりでなく仁王までもドキリとさせられるのだった。





「あ・・・・いや・・・」と言葉を濁す真田に


「クスクス・・・だったら筋トレでもしておけって言われたらヤダなぁって思ってたのに」

と不二は楽しそうに言った。


「人をおちょくるんじゃない」気まずそうな真田に


「ふふっ・・・筋トレはやってるよ、ちゃんと主力メンバーはさ・・・」と不二は言った。


「引退したからといって、怠けていては先が見えんぞ」


「忠告ありがとう、大丈夫だよ、適当にやってるから」


「まったく・・・おまえと言うやつは・・・」

真田はそう言うと、休憩を終えた仁王の代わりに、不二の隣のスペースに腰を下ろした。



「で?調子はどう?おたくの次期部長さんは?」一点に視点を向けたまま不二は真田に聞いた。


「一時期は少し不安定だったが、腹を括ってからは落ち着いている・・・それはお前が、

誰より知っているのではないのか?」真田も不二と同じところへ視線を注ぎながら答えていた。


「さぁ・・・あまりお利口さん過ぎるのもね・・・ちょっとやんちゃなくらいが丁度いいんじゃない?

ま、もっともやんちゃ坊主って言っても、僕は裕太で鍛えられてるから余計なんだろうけど?」


「己の心に迷いがなくなり平静が持てるようになれば、おのずと周りがよく見えるようになる。

それと同時に己自身もよく見えるようになるからな・・・だが、貪欲さは常に必要だ。

平静になりすぎると、どうしてもそれが失われがちになる。

このアンバランスさを、、自分で調整できるようになれれば、申し分ないがな・・・」

と言いながらも、真田は後輩の成長ぶりにどこか満足そうだった。


「心と体と技のアンバランスなのは、僕らの年頃ではしょうがないよ。君や手塚みたいなのは特別だ」

不二はふふっと笑った。


「どうせ俺はオヤジだ」少し拗ねたように言う真田に


「僕は一言もそんなこと言ってないけど?」と不二は微笑みながら言って、

「連れてっていいかな?」と覗き込んで尋ねた。



「お前に勝てるとは思わんよ」小さなため息とともに真田は諦めの返事をしたのだった。



「さんきゅ・・・悪いね」


「いや・・・おかげでこっちは平穏に日々、練習に打ち込めるからな・・・これしきのこと、仕方あるまい」









真田の言葉を聞きながら、不二は立ち上がると、打ち合いを終えた隣のコートに向かって歩き始めた。


周りがその存在に気づき、にわかに色めきたった。









「たぁ・・・っ。容赦ないんだから・・・」

桑原と丸井のダブルスを相手に、一人で応戦していた切原は、コート脇のベンチに沈み込むように

腰掛けると、タオルを顔にかぶせて天を仰いだ。



「あっ・・・・」

不二の姿を見て、一瞬声を上げた丸井に不二は『しぃ・・・っ』と身振りをしてから

気配を消してベンチのそばへと歩み寄った。

そして、冷たいドリンクボトルを手にすると、そっとタオルの隙間から見えている肌にそれを

押し当てた。





「わわっ!!」びくりと体を跳ねさせて、大きな声をあげながら切原は体を起こした。



「くすっ・・・隙だらけじゃない。修行がたりないね」

寝耳に水で、意識を覚醒させられて不二を見上げる切原に、綺麗な微笑とともに不二は言った。



「修行する前に、寿命が縮んじまうって・・・・」そう言いながらも、切原は嬉しそうな顔をして

ドリンクボトルを受け取り口に当てた。



「いい感じで動けてたね。変な力も抜けてたし」不二は言いながら切原の横に腰を下ろした。


「今日だったっけ?休み」不二の言葉には答えずに切原は尋ねた。


「だからここにいるんだけど」


「あ・・はいはい・・・愚問でしたね」切原は、それでも嬉しそうに微笑んだ。


「まだ終わらないけど・・・見てる?」尋ねる切原に


「それもいいけど・・・とりあえずお持ち帰りの許可は、さっき貰ったよ」と言って

不二は真田の方へ目線を向けた。


「へぇ・・・明日雨だね」切原は意外そうな顔をして、不二の視線を追いかけるように

真田を見て微笑んだ。


「で?どうする?僕としては、時間は有効に使いたいんだけど?」


さっと立ち上がる不二に、赤也もあわてて立ち上がるとグィと不二の腕をつかんで

部室に向かって急ぎ足で歩き始めた。



「ちょっ・・・挨拶は・・・・」と言う不二に


「あの人がいいって言うなら、いらない」と切原は答えた。











大急ぎで着替えを済ませた切原は、不二と共に不二の部屋へと向かった。

道中、言葉少ない切原の横で、不二は何も言わずただ寄り添うようにいるのだった。







「何も言わないんだ」部屋に入った途端、話を切り出した切原に


「何か言ってほしかった?」と不二は答えた。


「何も聞くことはなかったの?」


「聞いて答える気はあった?」







何を言っても不二には敵わない・・・そう思い知らされる瞬間。

切原はふっとため息をついて、ベッドに寝転んだ。



「お茶持ってくる」不二はそれだけ言って、部屋を出て行った。


「結局・・・俺はいつまでたってもガキなのかよ・・・」

ため息混じりに、切原は呟き静かに目を閉じた。



しばらく時間が過ぎて、ふっと切原が目を覚ますと、不二が部屋の真ん中で

お気に入りの古典の原語本に目を通していた。







「周助・・・」切原の小さな呟きに


「おはよう」と不二は綺麗な微笑を向けた。


「なんでおこしてくれなかったんだよ・・・」


「あんなに可愛くて無邪気な寝顔を見せられたら、誰だってそのままにしときたくなるよ」


「うそばっか」


「どうして?」


「それはこっちの台詞」切原はそういうと、身を乗り出して不二のそばに近づいていった。





「あんたはいつでも、自分から必要以上に何も欲しがらない」切原は、はっきりとした口調で少し

いらだったように言った。


「欲しがってるよ」不二は本を手元に置いて、冷静にそれに答えた。


「それも嘘。どっか冷めたとこがある」


「欲しがったから今日、そっちまで行ったんだけど?」


「でも俺が何か言わないと、何も言わなかっただろ」


なんでだっ!と言って切原は、とうとう不二を押し倒した。

切原に組敷かれる体制になった不二は、憂いを含んだ瞳を見せながら切原を見つめた。


「僕が欲しがったら、きっと君は、何を犠牲にしてもそれに答えるだろ?」

静かに言う不二の言葉に、切原は「当たり前だろ」と答えた。


「僕はそれが嫌なんだ」


「なんでさ」


「君が君でなくなる」


「俺は俺だろ!」


「違う。何もかもが切原赤也でなくっちゃ僕は嫌なんだ」

不二の言葉に、切原はハッとなったようにぺたりと座り込んだ。

不二はゆっくり体を起こして、切原と向かい合うように座ると

「僕は切原赤也だからOKしたんだ。生意気で怖いもの知らずで貪欲で・・・

でもその反面、寂しがりやで甘えん坊・・・そんな君にね・・・・」と言った。


「でも・・人は必ず変わるものだろ?」


「でも・・根本は変わらない」


「だったら・・俺は一体どうしたらいいんだよ」


「だから・・・君のままでいてよ」


「じゃぁ・・・あんたは俺の全部を欲しがってはくれないのか?」


「欲しがってるよ」


「俺の血も骨も髪の毛の一本まで?」


「あぁそうだよ・・・君の・・切原赤也の魂さえも」


「だったら・・・」

と言いかけた切原の口に、すっと人差し指で封をすると不二は


「切原赤也のままの君をね」と静かに言った。

「僕は・・・君の獲物を食い尽くして、なおも求めようとするあの目に、捕らわれてしまって

いるから・・・」



そして静かに、切原の唇に自分のそれを重ねた。











獣に貪られ、食い尽くされるような感覚に、見舞われながら、不二は切なく甘い声を上げ続けた。











角がとれたとか

丸くなったとか

そんなのは、君には似合わない



貪欲に前を見つめて

どんな道でも、突き進んでいって欲しい



そのために

僕は君のそばにいることを選んだのだから・・・









静かな不二の訴えが通じたのか、熱を吐き出した後の切原の目は、野生の輝きを取り戻していた。







「あんたの言いたいことは、なんとなく分かったよ」不二を抱きしめながら切原は呟き、

不二もそれに微笑みで答えた。



「俺は前だけ向いていく。あんたはそれについてくればいい」

だろ?と切原は不二を見た。


「そうだね」不二は満足そうに答えた。


「スリルがないのは楽しくなかったんだよな」


「まぁね」


「近いうちに、あんたを追い越してあんたの前に立つ、そのまま、俺はあんたの前を進み続ける。

あんたは、その俺の背中を、見て追いかけるんだ」


「望むところだよ」

そして不二は、ふっと笑うと切原にやさしいキスをした。





やんちゃ盛りのきかん坊には、このくらいが丁度いい?

天使のようなやさしさと、悪魔のような恐ろしさ

妖しい魅力の綺麗な人に



いつまでも全部を

存在そのものまでも欲しがってもらえるように・・・

























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