ちょっと気になる心地良い差
「はぁっ・・・・」
試験明けの、とある昼休み、図書室にある自習室の机に、
上半身を伏せるようにして、不二は深い溜息をついた。
試験期間中の混み具合が、嘘のようにガランとしたそこは、他に人の気配もなく、
静まりかえっていた。
「お姫様は、何を憂いておられるのかな?」
背後の高いところから、優しく声が降りてきた。
「あ・・・乾」
「学年トップの成績を誇る天才が、試験も終わったこんな時に、こんなところで何を溜息ついてるんだ?」
「別に・・・」
だるそうに答える不二を見て、乾はフッと微笑むと、手を不二の頭に乗せてクシャっとした。
「お前は・・・もう少し、嘘をつくのが上手くならないとな・・・」
「僕の嘘を見破れる人間は、そうそういない」
「それはそうだったな・・・失礼」
「乾こそ、こんなとこで何してるんだ?」
「ちょっと調べ物」
「ふぅ〜ん。凄い嘘っぽいけど・・・信じてあげることにしようか・・・」
不二はチラリと乾を見て、ニヤリと笑った。
「敵わないね」
と乾は苦笑いをした。
調べ物には違いないが、その対象が本ではなくて、
少し前に、ここへ入っていくのを見かけた不二・・・だったのだ。
「で?調べ物は済んだのかい?」と不二が続けて言った。
「微妙なとこだね」そう言いながら、乾は踝を返して部屋を出て行った。
「簡単に、データが取れちゃ、つまらないだろ?」
と言う、背後からの不二の呟きにドキリとながら・・・・
自習室を出た乾は、閲覧室の前で新しい対象を見つけた。
「はぁ・・・」
その人物もまた、溜息をついて少し下の段にある本に、手を伸ばしていた。
「おやおや・・・ここでも溜息か・・・」
「乾か・・・」振り返ることもなく呟かれた言葉に続いて、
「ここでも、とはどういうことだ?」と尋ねられた。
「さっきも、自習室で、盛大な溜息を聞いてね・・・」と乾は苦笑いしながら、
眼鏡を指先でクイと押し上げた。
「今頃、自習室か・・・」
「そう、今頃ね・・・。試験も終わったところだから、ため息の理由は、
よく分からないけどね」と言ってから乾は
「一人になりたかったのかな・・君のお姫様は・・・」
と続けた。
「・・・ん?」
一瞬、驚いたように、顔を上げた手塚の表情を見た乾は、満足そうに笑って
「じゃぁ」と図書室を出て行った。
「成績は、今回はとりあえず、抜いた。女の子からの人気は・・・ま、どっこいどっこいか。
相手を想う気持ちは、僕のほうが全然勝ってる・・・けど・・・はぁ・・・」
独り言を言いながら、不二はまた溜息をついていた。
「相手を想う気持ちなら、俺も負けてはいないと思うがな・・・」
さっきと同じような高さから、全く別の心地よい声が降りてきて、
咄嗟に不二は、体を起こして振り返った。
「手塚?」
「今頃こんなところで、何を溜息なんかついてるんだ・・・」
「別に・・・」
少し拗ねたように言う不二を見て、フッと微笑んで手塚は、手を不二の頭に乗せてクシャっとした。
「つけない嘘はつくな」
「はぁ・・・今日は、数少ない、僕の嘘を見抜く人が、やってくる日なのかな・・」
「悪かったな」
「いいよ」
「一人になりたかったんだろ?」
「違う・・・・手塚こそこんなとこで何してるのさ」
「一緒に帰ろうと、お前に伝えにクラスに行ったら、見当たらなくてな・・・
探してうろうろしてるうちに、ここの前を通りかかって、読みたかった本が
あったのを思い出して、ちょっと寄ったんだ」
不二を見下ろす瞳は、決して他人は見ることのないくらいの、優しいものだった。
「わざわざ来てくれたんだ。メールでよかったのに・・・」
「悪かったな・・・お前の顔が見たかったんだ」
少しムッとしながらも、恥ずかしそうに手塚は言った。
「そんなセリフ・・・・反則だよ」
嬉しそうに、困ったように不二が答える。
「何か悩んでいるのか?」
「違うよ・・・考えてたんだ」
そう言って不二は立ち上がって、自分の頭のてっぺんに掌を乗せて、
地面と水平にそっとそれを手塚のほうへ移動させた。
「これだよ」
手塚に手を当てて不二が笑った
「身長か?」
「一つはね・・・」
「そんなにいくつもあるのか?」
「あと一つだよ」
「なんなんだ」
「週明けからまた始まるもの・・・」
「部活か?」
「ん・・・正確に言うと、ちょっと違うかな」
手塚の顔の前にあった不二の手は、手塚の肩からすっと腕を伝って
下ろされた。
「お前が、本気で追い越そうとしないからだろ」
「そんなことはないよ」
「身長は、乾が以前お前にいろいろ言ってたはずだし、テニスにしても、
いくら言っても、お前は本気でちゃんとやらんからだろ?」
「やってるよ・・・手塚にはいつも本気だ。」
「だから、つけん嘘はつくなと言っているだろ?」
困った子供に言い聞かすように、手塚は優しく不二に言った。
「クスっ・・・・」
そんな手塚を見て、不二が嬉しそうに笑う。
「お前は一体どうしたいんだ?」
こんどは、手塚がそんな不二を見て尋ねた。
「それがね・・・微妙なところなんだよね」
不二がすっと手塚を見上げて見つめた。
「ん?」と手塚が不二を見る。
「この身長もテニスも、手塚に届かないこの差を、僕は追いつきたいと思うのと、
同じくらいこのままでいたいって思ってるんだ」
手塚の肩にそっと手を乗せて、不二が微笑んで言った。
「テニスは、やっぱり敵わないと思うけど・・・でも、君の隣の場所を
他の人に譲る気はないしね。
身長差も・・・・大きくなりたいとは思うけど・・・丁度いいだろ?
ともう片方の手を上げて、両手で手塚の肩を掴むようにして不二が言う。
うっすら微笑んで、すっとしたから悪戯っぽく覗き込んでくる不二を見て、
手塚はその綺麗な顔に吸いこまれるようだった。
「そうだな・・・」
そう言って、手塚は不二の腰に手を回して、ぐっと自分に引き寄せながら、
そっと口付けた。
「大胆だね」フッと嬉しそうに笑って、不二が言った。
「誰のせいだと思ってる」
苦笑いしながら手塚が言った。
悪戯っぽく、手塚を見つめたまま、クスクス笑う不二に、
「何もかも、そうそう思うようにはならんだろ?」
と手塚が言った。
「そうだね・・・でも僕は欲張りだから・・・」と不二が答えた。
「どうにかしたいなら、本気でやればいいことだろ?テニスで、本気のお前とプレイするのは
俺にとっても楽しいことだからな」
「身長は?」
「俺はこのままがいい・・・・」
「うん・・・僕も・・・」
再び二人は口付けた。
「追いつきそうで追いつけないものを追い続けるってのも、いいかもね」と
微笑んで言う不二を手塚は優しく微笑んで見つめた。
「さ、行くぞ」
「うん」
「今日は帰りに、そっち、寄って行っていい?」
「あぁ・・・そう思って、探しに行ったんだからな」
みつめ合ってふっと笑って、
二人は教室に向かって走り出したのだった。
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