君だから・・・
「寒っ・・・」
『今日は特にかな・・・』そう思いながら不二は、朝練に向かう。
晩秋の今、朝夕はめっきり寒くて、薄手の上着が欠かせない。
ただでさえ、細身の不二には、寒さが身にしみるのだった。
それなのに、人一倍寒さを心地よく思うのも不二で、
今日も間近に冬の気配を感じるような、早朝の肌寒い澄んだ空気の中を、
学校へと急いでいた。
「エージ寝坊しないでちゃんと来るかな・・・」
校門へと続く一本道を歩きながら、ポツリと呟いた。
大会が終わって引退をした彼ら3年生達には、部活に参加する必要はもともとないのだが、
全国大会を目指し続けるレベルを保つ為に、自主的に当番制にして参加しているのだ。
今日の当番は、3−6コンビの不二と菊丸。
現役時代から寝坊と遅刻の常習犯で、よくグランドを走らされていた菊丸の姿を
思い浮かべながら、不二はクスッと微笑んだ。
それにしても、なんだか寒い・・・心なしか、体もだるい・・・・
『気温的には、いい感じだけど、季節の変わり目はやだな・・・』
そして、部室へたどり着く。コートではもう1、2年生は練習を開始していた。
『みんな、やる気満々だな・・・』
そう思いながら、不二が部室のドアを開けると中に人の気配がしたのだった。
「あっ・・」
「どうした?」
中にいたのは、手塚だった・・・・
『どうりで、みんな早くから頑張ってるはずだ・・・』心の中でそっと呟いた不二は、苦笑いをした。
「手塚こそどうしたんだい?」
「ちょっと様子を見にな・・・」
「へぇ・・・そうなんだ、言ってくれれば一緒に来れたのに・・・」
そう言いながら、不二は急いで着替えようと準備する。
と・・・・
「えっ・・」
不意に腕を掴まれて、クイッと引っ張られ、気が付けば手塚の腕の中で抱きしめられていた。
「手塚?」驚きで不思議そうな顔をする不二の前髪を掻き上げて、
手塚は露になった不二の額に自分の額を当てた・・・
「熱があるようだが?」
至近距離から不二を見つめて手塚が言う。
「え?・・・」不二は顔を真っ赤にして答えた。
「昨夜・・・電話してる時、お前、風呂上りなのに何も羽織らずにいただろ?」
まるで見ていたかのような手塚の言葉に、不二は驚いて
「見てた?」と言った。
確かに昨夜、風呂上りの不二に手塚から携帯に電話が入り、話をしながら
夜空に光る綺麗な月に誘われるように、不二はベランダに出て、その月を眺めながら
話をしていたのだが・・・・
「まさか、月が綺麗だっただろ?」
「あぁ」
「お前のことだから、それを見るのに、窓を開けっぱなしにしていたか、ベランダに出ていたか
どちらかだったと思ってな・・・」
「ベランダだったよ」驚きながらも答える不二
「寒かっただろう・・・・昨夜は」
「確かに・・・」
「寒さが好きなお前は、多分、上着も羽織らずにいたはずだからな・・・」
「そのとおり・・」
「湯冷めして、風邪を引いてはいないかと、気になって様子を見に来たんだ」
「え?様子って・・・僕の?」
「当たり前だ。他の何の様子を見る必要がある?」手塚はしらっと言った。
「参った・・・」不二は脱力して、ベンチにストンと腰を下ろした。
テニスバカと・・・沈着冷静なクールフェイスと称される、目の前の自分の恋人の、
自分にしか見せないそんな一面に、いまさらながら驚かされて腰が抜ける思いだった
脱力したと同時に、どっと倦怠感が体を襲う。顔は目の前の人の存在で火照っているものの、
体の芯はゾクゾクと嫌な寒気がする。体の節々がなんとなくだるくて、スグに立ち上がりたいにも
かかわらず、思ったように動けなくなっていた。
「まったく・・・お前は・・・」
上から見下ろす手塚の顔は『しょうがないな』といった感じだったが、
口調は、信じがたいほど優しいものだった。
「ごめん・・・迂闊だった・・」昨夜の自分の愚行を少し後悔して、不二が呟いた。
「分かっているなら、もう同じことはするな・・」そう言って手塚は不二の頭をくしゃっとした。
「うん・・・」手塚の手の感触がほっとする。自分のことをそこまで察してくれる
優しさに泣きそうになる。そして頭皮を通じて伝わるその温もりに安心する。
ふっと力が抜けた不二の体がグラッと揺れた。
「おい・・・」
少し驚いて、手塚が心配そうに、不二の体を抱きとめながら声をかけた。
「なんか・・・手塚見て・・・ホットしたら・・・急に・・・」
みるみる熱が上がっていく不二の体は、制服越しでも手塚に伝わった。
目も少しうつろな感じで、呼吸も心なしかつらそうだった。
「家に連絡して由美子さんにでも迎えに来てもらうか?」と尋ねる手塚に
「一人で帰るよ・・・今週一杯、例の如く、みんないないんだよ・・・」
と不二が心配をかけまいとして微笑んだ。
「そおか・・」と一言言うと、手塚はさっと不二の脇に手を入れて、抱きかかえるように
して不二を立たせて「行くぞ」といった。
「え?」と言う不二に「帰るぞ」と答える。
「いいよ・・・手塚」
「病人は黙っていろ」
そして部室を出ようとしたとき
「おっはよ〜〜ん。」大きな声と共に、菊丸が部室に飛び込んできた。
目の前の様子に
「わわっ!!朝っぱらから、しかも部室で何やってるんだにゃーーー」
目をまん丸と開いて菊丸は叫んだ。
「菊丸・・・」諌めるように言う手塚にキッと睨まれて、菊丸ははっとした。
「不二の熱が高くてな・・・今から家に送ってくる」
「あ。。。そうなんだ・・・・大丈夫?不二・・」心配そうに覗き込む菊丸に
「ごめん・・・エージ。大丈夫だよ・・・先生に言っといてくれないかな」
少し苦しそうに言う不二に
「わかったにゃ。。。気をつけるんだよ・・・」と静かに言った
「後を頼んだ・・・・」そういうと、手塚は不二をとても大切に気使うように
支えながら、部室を後にしていった。
『大丈夫かにゃ・・・不二・・・・けど、なんで手塚がいたんだ?』
頭の中を?マークで一杯にしながら、菊丸は一人グランドへ向かったのだった。
不二家にたどり着き、ベッドに不二を寝かせて着替えをさせ終えた手塚は、
とりあえず、自宅にいる母の彩菜に連絡を入れた。
不二の様子を聞いた彩菜は、学校へ行かなかった手塚を責めるどころか、
手当ての方法等をアドバイスして、不二が落ち着くまで傍にいるようにと言った。
その上で、もしあまりにも辛そうだったら、病院へすぐ連れて行くようにと、
その時には自分に連絡するようにとも言った。
「分かっているとは思うけど・・・・国光。不二君は、、自分のことより
人のことを考えて優先してしまうから・・・よく見てあげて・・・
不二君には、支えてもらってばっかりなんだから、こんな時くらいはね・・
学校には適当に言っておくから」
「はい・・」
部屋に戻ると不二は眠っていた。手塚は傍に座ると掛け布団の上に出ている手にそっと触れた。
細く綺麗でしなやかな指先は、熱の為少し震えているようだった。
「熱いな・・」普段から体温の低い不二は、少しの熱でも大変なはず。
それがこんなに熱いとは・・・手塚は今すぐでも不二を病院へ連れ行ったほうがいいのでは・・・
と思ったが、苦しそうながらも、よく眠っている不二を起こすのも可哀想で、暫く様子を
見ることにした。
そっと額にキスをして、暫く慈しむように不二を見つめてから手塚は台所へと向かった。
普段からよく不二と二人で料理を作ったり、後片付けをしたりしているので
勝手知ったるものだったので、彩菜に教えてもらった事を思い出しながら
ゴソゴソと料理をし始めた。
いつもは不二に言われるままに動いていたのだが、いざ一人で・・・となると
思ったようにはならなくて・・・
「まだまだ・・・か」ちょっと小生意気な、恋敵を自称している後輩を思い出し、苦笑いしてしまうのだった。
出来上がったおかゆを持って、手塚は不二の元へ戻った。
「んっ・・」小さく唸ってから不二が目を覚ました。
「不二・・」
「手塚・・・」そっと開いた目の前に、心配そうに自分を覗き込む手塚の顔があった。
「ごめん・・・」
多分、自分に世話をかけてしまったこと、学校を休ませてしまったことを気にしているのだろう、
不二がポツリと言った一言に手塚は愛しさが溢れてくる。
「気にするな・・」そう言って、優しく不二の頭をなでた。
慈しむように自分を見つめて、優しく微笑む手塚に、不二は嬉しくて安心して・・・・
「どうした?辛いのか?」手塚の声に、知らぬ間に涙を流していたことに気づいた。
頬に触れる手塚の手の感触、その指が優しく自分の涙を拭ってくれて、
「・・・なんか嬉しくて・・・」と言って不二はふっと微笑んだ。
「そぉか・・・・」手塚は安心したように微笑んでから
「随分汗をかいたようだな・・・着替えが済んだら少し腹に物を入れて、また休むといい」
と言った。
「うん」
いつもの姫様っぷりは、すっかりなりを潜めて、聞き分けのいい子供のように
素直な不二に、手塚はいつもとは違った可愛さを感じる。
新しいパジャマを用意して、着替えを手伝う。汗をかいたおかげで、熱もだいぶ下がって、
とりあえずの山は越したようだった。不二の動きや表情からもそれが分かる。
一つ一つボタンを外していく手塚に、されるがままに不二は、ちょこんとベッドに
座って、あどけない顔をしていた。
すこしずつ露になっていく不二の素肌に、手塚はそれでも遠慮がちに沸きかがってくる
衝動に、心の中で苦笑いしながら一人で葛藤していた。
「クスッ・・・もしかして欲情してる?」
不二の声に、すっと顔を上げれば、目の前の不二はさっきまでのあどけなさはどこへやら、
不敵に妖しい光りを瞳に灯して微笑んでいた。
『こいつ・・・病人のくせして・・・』
「ふふっ・・冗談だよ。ねぇ。早く着替えさせて?」
やはり、自分はこの目の前の恋人に、翻弄させられる運命にあるのか・・・
「まったく・・・お前は・・・」苦笑いしながら、手塚は作業を続けた。
「手塚が作ってくれたんだ・・・」
不二はおかゆを美味しそうに口にしながら、満面の笑みで嬉しさを表していた。
「塩加減が絶妙だね・・・おどろいたよ・・・」
「そおか・・ならよかった」ホッとして答えながら、手塚は手早くシーツを交換していた。
「ありがとう・・・手塚」しみじみとポツリと呟く不二
「ん?」作業を終えた手塚が、そう言いながら、不二の隣に座る。
「いろいろと・・・・」
「お互い様だろ?」
「え?」
「お前はいつも俺を支えてくれている・・・」
「そんな・・」
「それに」
「えっ?」
「少しは役立つ所をお前に見せておかないとな・・・」そう言って、手塚はふっと笑った。
「手塚・・・」不二はぎゅっと手塚にしがみついた。
手塚はゆっくりと不二を包み込むように抱いて、優しく頭を撫でた。
「母に許可をもらってあるからな・・・良くなるまで傍にいる」
「ほんと?」
「あぁ」
「嬉しいよ・・・」
「俺も・・・不謹慎かもしれんが、お前を独占できるしな・・」
そして結局、手塚は丸2日、不二の世話を泊り込みの付きっきりで甲斐甲斐しくし、
その甲斐あってか、不二もすっかり回復し、3日目には、二人そろって元気に登校をしたのだった。
「90%の確立の予想が外れるとはな・・・」
放課後、後輩の指導に訪れた部室で、顔をあわせた引退した仲間達の一人、乾がノートを見ながら
手塚にポツリと言った。
「どういうことだ?」
「ん・・・俺のデータでは90%の確立でな・・・今頃、君が寝込んでてそれを
不二が世話してるはずだったんだが・・」
苦笑いしてる乾を、眉間の皺を増やしながら手塚は無言で睨んだ。
「姫のお誘いもなかったのか?」
「相手は病人だ」
「ふっ・・・そこまで言うということは、もしかして姫の熱の原因は君か?」
「何故そうなる・・・」
「乾。手塚は僕の看病で疲れてるんだから、あんまりいじめないでよ」
さっきまで、少し離れたところで菊丸に抱きつかれていいようにされていた不二が、
背中に菊丸を背負ったまま、二人の傍に来て言った。
「菊丸・・・」じろりと手塚に睨まれて、菊丸はしぶしぶ不二の体を離した。
「ふっ・・・独占欲が酷くなったんじゃないのか?手塚・・・」
「煩い・・」
「それにしても、にゃんであの日手塚が朝練にきてたんだ?」菊丸は手塚に尋ねた。
「それは・・」言葉が詰まった手塚の代わりに、不二が答えた。
「手塚だからだよ」自信にもにた幸せそうな笑みを浮かべて・・・
『なるほどね・・・』と乾は心で呟いて、一瞬目が合った手塚に向かってニヤリを笑った
気まずそうに顔をそらしてから、難しい顔を菊丸に向ける手塚。
「にゃんで?」と不二にさらに尋ねる菊丸
「クスクス・・それは内緒。ね?手塚」
「そういうことだ・・」
そう言って「今日は、あまり無理をするな」と手塚は不二の腰にさりげなく手を回した。
「うん、一緒に居ていい?」と軽く身を手塚に預けるようにして、見上げながら不二が言った。
「あぁ・・」そして二人は部室を後にした。
「参った・・・・」乾は眼鏡をクイッっと人差し指で上げながら苦笑いした。
「絶対、手塚は二重人格だ・・・」菊丸は呟いた
「そう言うな・・・英二。そうできるのは、不二だけで、不二だからなんだよ」
「不二ってすごいにゃ。。。」
「なんといっても、お姫さまだからな・・・」と乾は言ってから、
『手塚のみならず、俺達もそうされているんだからな・・』と心の中で呟いたのだった。
ブラウザの「戻る」でbackしてください