変わらないもの
文化祭が終わった。
いろいろとあったが、とりあえず無事に・・・
生徒会室の会長席に、背を深く凭れさせて、眼鏡を押し上げ、目頭に指を当て、
手塚は、ふっと深く息をついていた。
後片付けも終わり、この昼休みに、各報告の手配などを担当に押し付けたら、
また、不二とゆっくり過ごすことができる・・・・
遠い目をしそうになっていた、その時だった
『きゃーー素敵!』
『どれも10枚限定だよ!』
『それ、私買ったわ!』
『俺にそれくれ〜』
『セットでいくらだ!』
席の背後・・・
丁度、中庭の奥まったところから
喧しいほどの声が、聞こえてきたのだ。
「ん?」
立ち上がり、窓から下を見下ろして、手塚が愕然とした。
「なっ・・・」
と、そこへ、たくさんの資料を手にした乾が、入ってきた。
「やぁ」
「あぁ・・・」
「やれやれ・・・あいつらも、場所を考えてやればいいのにな」
乾は、手塚が絶句していた原因について、苦笑いをしながら言った。
「乾・・・あれはなんだ?」
手塚は、憮然とした顔で尋ねた。
「わかってるんじゃないのか?」
「確認しているんだ」
「写真部の活動じゃないか」
「そういう次元の答えを求めているんじゃない」キッと眼鏡のレンズの向こうから
射抜くような鋭い視線に睨まれて、乾は、ふっと苦笑いをしたあと
「はいはい」と呟いた。
ふんっ・・・と、ため息をつきながら、会長の椅子に身を沈める手塚の前に、
乾は、手帳から膨らんだ封筒を取り出した。
「サンプルだ」と言って、会長用の机の上に、それをそっと置いた。
手塚は、黙ってそれを手にとると、中身を取り出した。
「これは・・・」
一枚一枚確かめるように、そして、自分の推測を確認するように、
中に入っていたスナップ写真を見つめる手塚の眉間には、深い皺が何本も刻まれていった。
無理もない・・・
それらは全て、不二の生写真だった。
模擬店でのエプロン姿の不二。
クラブ発表の、ユニフォーム姿の不二。
クラス劇の、ジュリエット役で、女装していた不二。
どれもこれも、一般生徒だけならず、手塚さえも、飛びついてしまいそうなショットばかりだった。
「それは君用に、用意したものだ。そして、これがすべてのネガ」
と、乾はもう一つ、小さな袋を差し出した。
手塚は、やはり黙ったまま、手にしていた写真を、封筒に綺麗にしまうと、
制服のポケットにそれをつっこんで、新たな封筒の中身を確認した。
手塚の様子を見守っていた乾は、今度は制服の胸ポケットから、
最初のよりは、やや薄めの封筒を取り出し、
「それから・・・これは、俺のオーダーということで、君専用に用意したものだ。
もちろんネガも一緒にある。申し訳ないが、中身は、確認させてもらったよ」
と言って、手塚に手渡した。
「ん?」と手塚はそれを見た。
「乾・・・なんだ?これは」
中から取り出した写真とネガを確認しながら、手塚は目線を動かすことなく
呟くように言った。
「見ての通りだが・・・」
「これで俺に、今、この窓の下で行われていることには、目を瞑れと?」
「あからさまな賄賂は、受けとらないだろ?」
「当たり前だ」
「大丈夫だ。君らのことは一切言ってない。あくまで、俺からの話ということになっている。
それを渡せば、俺から、君にこの件について、許可をもらうと言ってな」
と乾は言った。
「ある意味、確信犯だな」
「ま、大目に見てやってくれよ、あいつらだって、新しいカメラを買うのに
先立つ物がいるのさ。ネガも全て押収して、君の手元にあるんだし・・・」
「まったく・・・」
と言いながら、手塚は、最後の封筒をいたく気に入った風に、それ以上の言葉は口にせず、
ポケットにしまったのだった。
青春学園高校、人気ダントツナンバーワンの不二の写真には、裏で相当の圧力と規制が
かけられていて、超プレミア物扱いとなっていた。
隠し撮りに関してまで、何故か情報がリークされていて、厳しく制限されていた。
そして、それは一重に、乾のネットワークと、根回しの賜物だった。
学園のドンというか支配者というか・・・なにせ、泣く子も黙る堅物の、歩く校則、手塚の
規則は絶対だった。
そして、その手塚を唯一支配しているのが不二で、それ以外に意見が言えるのは、乾しか
いなかったのだ。
今回は、不二の写真の件だったので、本人に依頼するわけにはいかず、写真部の
裏工作の相手となったのが乾だった。
学園祭の不二を撮り、販売することで得られる収入は、計り知れない。
枚数限定でも、十分に自分達の思惑通りの額を得られることができる・・・
写真部にしてみたら、一縷の望みを、乾に託したようなものだった。
功を奏し、今回の契約はどうやら、成立したようだった。
乾から受け取った、手塚限定の不二のショットは、女装のどアップと、
後方から捕らえたドレス不二の見返り姿と、脇チラのユニフォーム姿だった。
「今回限りだ」呟く手塚に
「すまんな・・・」と乾は、うっすら微笑みながら答えた。
と、そこへ噂の天使が駆けて来た。
「お待たせっ・・・あ、乾」
ドアを開けた正面の手塚に元気に声を掛け、その脇にいる乾の存在に気づいて不二は、
少し慌てたように声を掛けたのだった。
「やぁ、邪魔してるよ」
軽く手を上げて言う乾に、不二はニコリと笑顔で微笑んで答えた。
「早かったな」
二人のやりとりが気に入らなかったのか、手塚は、割り込むように不二に声を掛けた。
「あぁ、マッハで仕上げた」不二はそんな手塚を察したように、クスッと綺麗に微笑んで
答えた。
「そうか」
「戸締りは引き受けたよ」
乾は、そんな二人に声をかける。
「あぁ、頼む」手塚はそれだけ言うと、すっと立ち上がって、鞄を手に不二の傍へと向かった。
「いつも悪いな・・・」不二は、少し申し訳なさそうに言ってから、自分の方へやってくる
手塚に直ぐに視線を向けた。
「気にするな」乾は答えた。
手塚がたどり着いたところで、どちらともなく、二人は歩調を合わせるように、並んで歩き始めた。
ドアを出て行きながら、手塚を見上げる不二が、犯罪的に愛らしくて美しく、
それを目の当たりにすることは、流石の乾にも、ある種の残酷な試練だったかもしれない。
「どこへ行く?」尋ねる不二に
「どこでも・・・お前の行きたいところへ付き合う」と優しく手塚は答えた。
「いいのかな?」
「あぁ・・・お前の好きにすればいい」見下ろす手塚の瞳は、不二限定で向けられる
蕩けそうに優しく、甘いものだった。
閉じていくドアの向こうに、仲睦まじい二人の姿・・・・
中学から延べにすると一体どのくらい見てきたかわからないそれは
乾にとって、いつまでたっても変わらないそれだった。
そして、それはきっと、
これからもずっと、
変わらないそれになるだろう・・・・
ドアが閉じた後も、乾の視線は、暫く動くことはなかったのだった・・・・
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