夜明け前の刹那を共に
「下界の桜の下・・・ですか・・・」
金蝉と悟空が、戻って行った後、天蓬はもう一度、
窓から夜桜を見つめながら、ポツリと呟いた。
捲簾は、その後で、指に挟んでいたタバコを落として
踏み潰すと、そのまま、真っ直ぐに天蓬の背向けて手を伸ばし、
肩を引き寄せるように強く抱きしめた。
「・・・捲簾・・・」
かつてないほどの切なさと、愛しさに、胸がしめつけられるようで、
天蓬は、回された手に、自分のそれを重ねて、泣きそうな笑みを浮かべた。
「天・・・」
ガラにも無く、捲簾は言葉を詰まらせて、それをごまかすように
天蓬の項に顔を埋めた。
「・・・憶えてますよ」
天蓬は、呟くように言った。
「・・・ん?」
「忘れるはず・・・ないじゃないですか・・・」
「・・・あぁ・・・初めて会った時のことか?」
「えぇ。確かに寝ぼけてはいましたけどね」
クスっと小さく笑って、天蓬は
「それでも、一瞬で覚醒させられるくらい、ディープインパクトでした。アナタ」
言ってから、背を捲簾にゆだねるように凭れかかった。
「そりゃ何よりだ」
「忘れませんよ・・・」この先、何があろうと・・・消えそうな天蓬の声に
「あぁ、俺も」捲簾は、しっかりとした声で重ねた。
「・・・捲簾?」
「ん?」
「アナタって人は・・・どうしてこう・・・」
「ンだよ」
「・・・当たってます・・・」
グイっと背後から、堅いものを押し当てられ、天蓬は呆れたような声を出した。
「しょーがねぇじゃん。これだけ密着してんだ」
「時も場合も関係なしですか?」
「いや・・・こんな時・・・だからだよ」
今まで聞いたこともないような優しい声で言う捲簾に、
天蓬は、お互いが同じ思いであることを知った。
きっと・・・もう・・・
「いいか?」
天蓬を自分に向かせながら、捲簾は言った。
「ダメです・・・って言ったら?」
「この期に及んで?」
少し困ったような捲簾と、少しいたずらっぽい顔をした天蓬は、
暫く黙ったまま見つめあった。
「この期に及んで、慣れないこと聞くから・・・」
「なんとなくな・・・聞いてみたかったんだ」
「アナタって人は・・・」
言いながら、天蓬は泣きそうな笑顔を一瞬だけ見せると、
両手で捲簾の首に手を回して、強く引き寄せながら、口付けた。
捲簾は、その口付けに応えながら、天蓬を強く抱きしめ、
部屋の中央のソファに誘った。
「あ・・・忘れてました」
捲簾に組み敷かれた天蓬は、そう言って、目線を部屋の脇に送った。
「あ・・・そーだった」
捲簾はさっと、体を起こすと、憮然とした表情の男の側に行った。
「出血大サービスで、見学させてあげちゃってもいいんだけどさ・・・」
「では、そうさせてもらう・・・」
「へ?」
「・・・まったく、この期に及んで、返答をされて困るようなことを聞くな。
お前達のことなど、今更だが、見られたくないのであれば、そう済むようにしろ」
何もかも、分かった上での上官からの言葉に、捲簾は困ったように
苦笑いをしながら、指で鼻先を掻いた。
「・・・けど、上官に手を上げるわけにもいかねぇし・・・」
「構わん」早くしろ。と言いながら、そうしやすいように、前かがみになられて
「あ・・・そう。じゃ、遠慮なく・・・」
と、捲簾は敖潤に手刀を下ろした。
気を失い崩れ落ちる敖潤の体を支えながら、捲簾はゆっくりと彼を床に横たわらせた。
「なんでもありですね」
様子を見ながら苦笑いをする天蓬に
「ま、ハナっから見せるつもりもなかったけどな」
捲簾は答えた。
「この期に及んで・・・でもですか?」
「あぁ、それはそれ、これはこれだ」
上着を投げ捨てながら、引き締まった体を曝し、
捲簾は、天蓬の側に立った。
捲簾を見上げながら、天蓬は、ネクタイに指をかけた。
と、それを捲簾は、優しく制した。
「え?」といった顔をする天蓬に
「俺の楽しみとるんじゃねぇよ」と、捲簾は言いながら、ウィンクをした。
何も答えず、天蓬は、クスっと笑うと、全てを任せるように手を下げて、
誘うような目で、捲簾を見上げた。
跪き、口付けを交わしながら、捲簾は天蓬の眼鏡を外し、
纏わり付く衣を一枚ずつ剥いでいった。
「んふっ・・・」
「はぁっ・・・ん」
熱と艶を含んだ、天蓬の声と、荒く激しい捲簾の息遣いだけが、
静かな部屋に響き渡る。
最後の刹那を、
二人は万感の想いを込めて分かちあった・・・
徐々に近づく夜明け
その向こうに待つものが、一体なんなのか、
それは、二人にも分からない。
ただ・・・
この刹那が、
お互いにとっての、
その瞬間だと
二人は確信していた。
ソファに凭れた天蓬の、シャツと白衣を羽織っただけの
しとげない姿を、捲簾は己の眼の奥に焼き付けるように
じっと見つめた。
そして、肩に手を置いてそっと引き寄せると、
「この髪の一本だって、俺は忘れやしない」
と言って、捲簾は、天蓬の髪を掴んで、キスをした。
「見つけてみせますよ・・・細胞単位のアナタでも」
クイと、捲簾の方へ向きかえり、天蓬は口付けをした。
「もう、俺の中には、なーんも残ってねぇ・・・」
「僕もです。残す気もありませんしねぇ・・・」
「形あるものは・・・いつかは消え行く運命なんです」
「けど、また、形として生まれてくるだろ?」
「いいにつけ・・・悪しきにつけ・・・そうやって時は流れて繰り返されていくんですよね」
「ま、それでもよ・・・」
「お前に逢えて良かった」
「貴方に逢えて良かった」
二人は、見詰め合って、また、キスをした。
「俺は、くたばる気はねぇけど・・・」
「僕も、死ぬつもりはありませんけど・・・」
張り詰めた・・・
真剣な顔で、二人はお互いをじっと見た。
これが・・・
今生の別れだ・・・
二人は、同時に告げ、
目の前の愛しい体を、強く抱きしめた。
白みはじめた窓を背に
口付ける二人の絵は
言葉にできないほど
切なくて、儚くて、美しくて・・・
そして、
気高くて、潔かった。
ぼんやりと、意識が戻ってくる中、
薄れる視界の向こうの姿に、敖潤は、
動くことも、言葉を発することもできず、
ただ・・・静かに見守るだけだった・・・
もうすぐ
最後の夜が
明ける・・・
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