盾
「・・・お前なぁ・・・」
ソファに体を横たえて、不自由な片腕で、本を読んでいた天蓬に、捲簾は呆れたように言った。
「何ですか?僕、今、面白いところを読んでいるんですから、お小言だったら後にして下さい」
天蓬は本から目線を反らすことなく答えた。
「人が心配して来てみりゃそれかよ・・・」
「他人様に、ご心配やお気遣いを頂かないといけないほどじゃありませんよ」
一向に自分を見ようとしない天蓬を、捲簾は黙って見つめたいた。
すると突然、捲簾はツカツカと、天蓬のすぐ傍まで近寄ると「あーーー、なんかチョームカつくじゃねぇか」
と、天蓬の本を取り上げて、上から睨みつけた。
「何するんですか・・・」今度は、天蓬が呆れたような声を上げた。
「昨日の今日の怪我人なら、怪我人らしくしてやがれっ!」
「何言ってんですか・・・あなたねぇ・・・」
「ちったぁ大人しく寝てろよ!バカ」
「あなたに言われたくありませんっ!」
「重症負ったやつが、えらそうに言うな!」
「好きでこんななったわけじゃありませんっ!」
「だったらなおさらだ!」
「何ですかっ!だいたい・・・」と言いかけた天蓬の唇を、捲簾は自分のそれでさっと塞いだ。
「んっ・・・」天蓬は動く方の手で、捲簾にパンチを食らわそうとしたが、
それを捲簾は、さっと掴んで天蓬の自由を奪った。
音を立てて貪るようなキスに変わっていく捲簾のそれを、天蓬はいつのまにか受け入れていた。
捲簾が掴んでいた天蓬の腕から、ストンと力が抜けて、
鼻先にかかったような甘い声を、天蓬が無意識で漏らすまで、捲簾はしつこくそれを続けた。
しばらく天蓬の口内を堪能してから、チュっと音を立てて、捲簾は唇を離した。
「もぉ・・・」頬をわずかに染めながら、拗ねたように言う天蓬に、捲簾はニヤリと笑みを向けた。
前日の、妖怪族の討伐遠征の時だった・・・
西方軍の快進撃を快く思わない連中による、意図的な策略でピンチに陥った自軍を逃がすために、
大将である捲簾の指令を聞かず、単身、盾となって部隊を救った天蓬は、
敵が封印されて石化する直前に放った矢で、肩を射抜かれたのだった。
大量の出血と、妖術のこめられた矢のせいで、昏睡する天蓬を担いで戻ってきた捲簾には、
顔色がなかったほどだった。
天蓬は意識を手放す前に空ろの中、部下に妖術を解く方法を教え、捲簾に傷の塞ぎ方を教えてから、
一度も目を開けることなく高熱に侵されていた。
「くっそ・・・あの傲潤のヤロー・・・俺を締め出しやがって・・・」
本当は自分が付き添っていたかったのに、上官命令とかなんとか言われ、
それが適わなかっただけでも捲簾はずっと天蓬を心配していたし、
ご機嫌もすこぶる悪かった。世話をしていた薬師と女官から意識が戻ったと聞かされて
すっ飛んできたらこの有様・・・
片手こそ包帯を巻かれて不自由ながらも、白衣を肩からかけた天蓬は、何事もなかったかのように
書籍に埋もれていたのだ。そしてこの可愛くない一言一言・・・
「仮にもあなたの上司ですよ。ヤロー呼ばわりは、いかがなものかと思いますけど?」
「だったら、お前が上司になりゃいいんだ。『天ちゃんっ!』って呼んでやらぁ」
「あなたが言うと、本当のおバカが言ってるみたいになりますよ。それでもいいならどうぞ。
そして僕をまた祀り上げて、あっちこっちから槍玉に挙げられて、妬みに嫉みの世界へ陥らせればいいでしょう」
売り言葉に買い言葉だった捲簾は、天蓬の言葉を聞いてはっとした・・・
『やべぇ・・・ちょっと言いすぎちまったか?』伺うように天蓬を見ると、あからさまに怒りオーラを放ちつつあった。
「あっ・・・いや・・・なんつーの?」慌てる捲簾に
「男はいつ如何なる場合でも、二言はないはずですよね」一旦、
ひねくれてしまった天蓬ほどタチの悪い者はいない・・・
「悪気はねぇんだって」
「あったら最低です」
「分かってんなら拗ねるなよ!」
「怪我人に対しての気遣いはないんですか?それともお嬢様方とは違うから勝手が分からないんですか?」
「おいっ!」あまりの言い草に、捲簾は思わず声を上げた。確かに今まで自分は、
女の尻を追いかけるのを専門としていた。上官の女房を寝取ったせいで、左遷もくらった、だが、西方軍へ赴任して、
この綺麗な顔と有名な階級が上のくせに自分の部下になりたがり
現実なってしまった天蓬と出会ってからは、自他共に認める暴れん坊将軍(下半身含む)の異名を返上して久しかったのだ。
「なんですか?」
「拗ねたとこも可愛いがな・・・憎まれ口はそのへんにしとけよ」そう言うと捲簾は天蓬を組み敷いた。
驚く天蓬を強く拘束しながら倦簾は「言いたいことがあるならはっきり言え」と言った。
「別に・・・」と言う天蓬の肩の傷口に手を当てて捲簾は「聞こえねぇのか」と言いながら手に力を込めた
「うぅっ・・・」痛みに天蓬は眉間に皺を寄せながら呻き声を上げた。
「俺にごまかしは通用しねぇ・・・昨日のあの行動といい、テメーのその腹ン中のもん全部、この場で出しやがれ!」
なおも、捲簾は力を込める
「うあぁ・・・・っ」天蓬は額に汗を浮かばせながら、声を上げてみじろいだ。
天蓬を押さえる捲簾の手の下の包帯には、みるみるうちに赤い染みが広がっていった。
「捲っ・・・簾っ・・・」痛みによる吐き気が天蓬を襲う。が、天蓬はそれを耐えて捲簾の名を呼んだ。
「聞こえてる」捲簾は残酷な笑みを浮かべながら天蓬に言った。
「言い・・ます・・・からっ・・・はなっ・・・して・・・」
「二言なしだぜ」そう言って、捲簾は天蓬から手を離した。
「あなたを・・・」天蓬は静かに話し始めた。
「失ってしまうかも知れないと思った時に・・・自分では抑えが効かないほどの恐怖が、僕に襲い掛かってきました・・・
自分が消滅してしまうことよりも何よりも、あなたを失いたくないと言う気持ちが、僕を支配して・・・
その感情は今も僕の中に残っているんです」
「・・・ったく・・・」捲簾は照れたように頭に手を当て、一言つぶやいてから天蓬を、
今度は至極優しく包み込むように抱いた。
「お前は俺を早死にさせてぇのか?」
「そんなはずはありません・・・」
「だったら大丈夫だ」
「え?」
「そう簡単に俺は死なぇってこと、ついでに言うと、お前を手放すつもりもねぇし、
お前から離れるつもりだって、微塵もねぇっつーの。
確かにあン時は、ちょっち部隊のやつらの安全確保にテンパってたのもあってよ・・・
スキ作っちまったけどな・・・
俺だってさ、俺たちを庇って、お前が死にかけたあの瞬間が、頭にこびりついて離れねぇんだぜ?
血まみれのお前がさ・・・俺にとっての恐怖だってあんだよ。お前をこうして抱けなくなったらってな・・・」
「捲簾・・・」
「一人で無鉄砲にもほどがあんだぜ?お前のそういうので寿命が縮むよ・・・俺は」
と言って捲簾は苦笑いをした。
「・・・すみません・・・」
「お前に盾になられるより、俺が盾やってるほうが気が楽だわ」
「それは僕だって・・・」
「俺はそれが嫌なんだよ、まだそう言うこと言うなら、これから一切お前に出陣許可ださねぇぜ」
「何言ってんですか」
「だったら黙って俺にお前を守らせろ」
「ちょっと・・・」
「『はい』か『いいえ』かだ」
「・・・・まったく・・・あなたってひとは・・・」天蓬は苦笑いしてから「わかりました。お願いします」と言った。
「あぁ、それでいい」満足げに言う捲簾に
「でもあなたがスキを見せたら、この約束は無効になりますからね」と天蓬はすまして言った。
「だと?」
「ね?」小首をかしげて腕の中から覗き込むように天蓬に言われて、捲簾は顔を赤くしながら頷いたのだった。
「同じ失敗は二度やらねぇよ」
「そうですね」
その後、二人が裂けた天蓬の傷口のことで薬師たちにこってり絞られたのはいうまでもない・・・
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