知ってて欲しい唯一つのこと
昨夜、呼ばれて
観世音直々に言われたこと・・・
「オレが、こんなことをお前に言うこと自体が、オレ自身には意外なんだがな・・・
お前が肝心なことは何も言わねぇって、拗ねてるバカが一人な・・・うぜぇったらありゃしねぇ・・・」
どうにかしろ・・・と・・・・
「どうにもできませんよ・・・そんなこと」
天蓬は窓から月を眺めながら、ポツリと呟いた。
「どうにかなってもらっては困るから、何も言わないんです・・・
巻き込みたくはありませんからね。」
腰を上げて窓枠に身を預けると片膝立てて、もう片方の足はだらりと床につけていた。
だらしなく肌蹴られた白衣のポケットを探り、ボックスからタバコを一本取り出すと
口に咥えて火をつけた。
ゆるゆると立ち上っていく紫煙をぼんやり眺めながら、ふっと小さなため息をついた。
「シケた面晒してんじゃねぇよ」
ノックもせずにドアを開けた金蝉が、、不機嫌そうな声とともにつかつかと部屋に入ってきた。
「あれ?もうお休みの時間じゃなかったですか?」わざとらしく天蓬は言った。
「うるせぇ。ガキじゃあるまいし」
今度は、金蝉は拗ねた口調で言う。
『そういうのが、そのまんまなんですよ』天蓬は心の中で苦笑いをした。
「とにかくそっから降りろ」
「はぁ?」
「お前はすぐに呆けるだろ。落ちるぞ」と言いながら、金蝉は天蓬の傍に立った。
「落ちませんよ。綺麗な月を見上げながら、黄昏ついでに一服するには特等席なんです」
天蓬はそう言ってやんわりと微笑んだ。
「・・・ったく・・・一度くらい大人しく言うこと聞きやがれ」
そう言い出したら引かない金蝉に、よく知る天蓬は「やれやれ・・・」と苦笑いをしながら
窓際から体を離した。
「気が済みましたか?」と金蝉を見やると、その脇を抜けて先にあるソファに腰を下ろした。
「ったく・・・」と言って金蝉はその隣に並ぶように座った。
と、すぐに眉間に皺をぐっと寄せて「お前・・・」と呟いた。
「なんです?」きょとんとした顔で言う天蓬に
「吸い過ぎだ・・・」と金蝉は目の前の灰皿の山のように、こんもりとした吸殻を見て言った。
「窓から落ちようが吸いすぎて肺が真っ黒になろぉが・・・・
ンなこたぁ俺の知ったこっちゃねぇがな・・・
知ったこっちゃねぇが・・・テメーに何かあったら俺がいい気がしねぇんだよ」
ぽつりと呟いてそっぽを向く金蝉に、、天蓬はふっと微笑んで
「気をつけます」と静かに答えた。
人にははっきりストレートにモノを言い過ぎるくらいに言う金蝉が、目の前の天蓬に
それができないのは、ずっと以前からだった。
いつの間にやら恋人という関係になってから、それは余計で・・・
いつも大人の余裕でうまくかわすというか受け流す天蓬に、捻くれたような
回りくどい言葉でしか言えなくなっていた。
けれど、天蓬はその言葉の意味をちゃんと分かっていて、
嬉しそうに微笑みながら欲しい返事を、金蝉に返すのだった。
金蝉にとっては、天蓬の余裕ぶりが気に入らないこともないが、
それは彼が、西方軍元帥などという大役に若くして就いている所以だろうと、
納得するしかなかった。
無敗の西方軍。
一騎当千の大将捲簾と、悪魔の知略・神の采配と名高い軍師の天蓬、
そしてそんなツートップを、心から慕う部下達の強さは天界でも名高い。
特に軍の采配を振るう天蓬の戦略には、他の軍属達や天界の要人からも
脚光を浴び、引き抜き合戦が水面下で絶えず繰り広げられているほどだった。
うんざりるすほどの噂の横行に、金蝉の眉間にはいつも深い皺が刻まれてしまう始末。
それでも、自分を必要としてくれているのなら・・・
彼に乞われているのならと、思うのだが、
肝心のところは決して話してくれないことに、金蝉のイライラは募るのだった。
「貴方に知ってて欲しいことは、いつも僕はちゃんと言ってますよ」
金蝉のそんな気持ちを見透かしてか・・・天蓬は手にしていたタバコを山盛りの灰皿に
突き刺しながら、視線を落として静かに言った。
「え?」と顔を向ける金蝉に、天蓬は視線を灰皿に向けたまま
「巷の噂やなんかも、きっとそれは僕の一部でしょう・・・けれど僕について
・・・たった一人の貴方が、本当の僕について、たった一つのことを知ってて
くれれば、僕はそれでいいんです。それ以外は僕であって僕でない。真偽が混ざり合って
いますから・・・」
「おまえ・・・」
金蝉は天蓬をじっと見つめた。
小さく深呼吸をした天蓬は、金蝉を見上げるように顔を上げると
ふっと、花がほころんだような綺麗な笑みを見せた。
ドキリとするほど、綺麗で狂おしくて愛しい・・・
「貴方を愛しています。心から・・・
僕が貴方に知ってて欲しいことは、これだけですよ」と天蓬は言った。
「天蓬・・・」呟いて、金蝉は天蓬の頬にそっと手を添えた。
「貴方はここでこうして貴方でいて下さい。もし、貴方がいなくなってしまったら・・・・
誰が僕の罪を許してくれるんです?どこで僕は僕に戻れるんです?」
天蓬の言葉に、金蝉は胸が詰まる。
殺さない・・・とはいえ、討伐や封印といった大義名分で
軍を繰り出し、力で力をねじ伏せているのは事実で
自分達の有利に事を進めるために、布石と銘打ってキタナイまねをせざるを得ないのも事実。
作戦の大小を問わず、込入った戦略を経て、勝利を手に戻ってきたときの天蓬の
疲れた顔を目にする金蝉は、決まって何も言わずに、世の中が全部敵に回っても
俺はお前を裏切らない・・・と言いながら抱きしめるのだった。
そんなひと時に、天蓬の魂が救われるのなら・・・
それができる唯一の存在であるならば・・・
ふいに金蝉はここ数日苛ついていた自分がおかしく思えた。
もう、十分に欲しい言葉も想いも受け取った気がした。
「俺はいつでもここにいる。
好きなときに戻ってくればいい・・・」
すがるような目を向ける天蓬に、金蝉はゆっくりと唇を重ねた。
注ぎ込む月明かりが二人を包み込むように優しく降り注ぐのだった。
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