聞けない願い
「僕を・・・殺して下さい」
情事の後、まだ荒いままの呼吸の合間をぬうように、吐き出された言葉。
驚いて言葉も出せずに、見開いた目に、怖いくらい真剣で儚げな瞳が飛び込んだ瞬間、、
汗ばんだ体は熱を込めたまま、ついさっきまでの淫猥なムードと、快楽の余韻を引きずっているのに
頭だけは怖いくらい冷静に戻っていった。
「何バカなこと言ってんだ・・・」
ようやっと口にすることができた言葉に
かぶりつきたくなるような熟した唇が告げたのは、再び
「殺して下さい」の言葉だった。
「お前なぁ・・・」
組み敷いた華奢で綺麗な男を見下ろしながら、捲簾は呆れたように呟いた。
「約束が違うんじゃないですか?」
呆れ顔の捲簾を咎めるように、天蓬は見上げた。
「ンなこと、聞けるわけねぇだろ」
目の前の男の胸に無数に散らばる、自分がつけた所有の印を見つめながら
捲簾は理解の範疇を越えた言葉に戸惑っていた。
「僕の望みを聞いてくれるっていうから・・・今に至ってるんですけど?」
確かにそうだった。
欲しくて欲しくてたまらなかった人。
愛しさに狂いそうになる日々に耐え切れず、玉砕覚悟で告げた言葉に、
以外にも天蓬は驚くことも、引くこともなく、捲簾が大好きな綺麗な微笑を浮かべて、
「いいですよ・・・その代わり、後で必ず、僕のお願いを聞いてください」と答えたのだった。
「どんな望みだ?」幾ら聞いても、「簡単なことです」とやんわり言う彼を信じて、
「じゃぁ・・」と思いの丈をぶつけて組み敷き、貪るように抱いて・・・
ようやく手に入れることができた・・・・と捲簾は思っていたのに。
感動もままならぬまま、天蓬は信じれない言葉を告げてきたのだった。
「ここ(天界)の大前提は知ってるよな・・・」
諭すように言う捲簾に天蓬はまた、儚い表情を浮かべながら少し笑って、
「規則や掟なんかは・・・破るためにあるものでしょう?」と言った。
「妖怪相手に殺生の一つもできねぇのに、軍元帥を殺れるわけねぇだろ!!
大体、何で俺がお前を殺らなきゃならねぇんだ!何が簡単なことだ」いい加減にしろ・・・
と言わんばかりに、捲簾は声を荒げた。
「それでも僕の上官ですか?嘘つき・・・」恨めしげに、裏切られた・・・
と言いそうな目で睨みつける天蓬に
「大体、上官っつってもお前の方が位は上だろーが、知ってるくせに
どうにもできねぇことばっか言いやがって・・・訳わかんねぇことばっか、
言ってんじゃねぇっつーの。どこをどうやったらそういうことになるわけさ?」
訳を言え・・・と捲簾は天蓬に言った。
「約束の一つも守れないような貴方に言いたくありません」
顔を背ける天蓬に捲簾は黙ってガブリと露になった天蓬の首筋の横側にかぶりついた。
「ちょっ・・・・」何やってんですか?と言う天蓬を無視するように、
捲簾は白く滑らかな天蓬の首に歯形を残して、吸いつきながら、舌先で
柔らかな感触を感じていた。
捲簾に上から押さえつけられたままだったが、天蓬は必死で身じろいだ。
「何やってんですか!!」
「殺れなくても、イカすことはできるってな・・・」
ニヤリと笑う捲簾を天蓬はジロリと睨んでから
「軍大将の貴方の経歴に傷をつけさせたりはしませんから・・・約束を守って下さい」と
懇願するように言った。
「お前・・・」体の動きをぴたりと止めて、捲簾はようやく真摯に天蓬に向き合うように
顔を見つめた。
「俺とこうなるのが嫌だったんなら・・・なんではっきり断らなかったんだ」
酷く傷ついたように言って、捲簾はがっくりと項垂れた。
「違います」
「違わねぇだろ」
「違います・・・嫌じゃありませんでした」
「じゃぁなんで・・・」言いかけた捲簾に天蓬は哀しそうな笑みを浮かべて
「嬉しかったんです」とポツリと言った。
「だったらどうして・・・」
お互いの思いが通じあっていたことに捲簾は喜ぶこともできず、
殺して欲しいと言う天蓬の本当のところをやはり、掴みきれずにいらだっていた。
「嬉しかったから・・・ですよ」悟ったような天蓬の言葉に捲簾は「はぁ?」と呟いた。
「貴方と思いを遂げて、貴方に抱かれてしまったら・・・僕はもう・・・貴方なしでは生きられない」
今にも泣きそうな天蓬に
「だったらずっと一緒にいりゃぁいいだろ」と捲簾は言った。
「無理ですよ」
「なんでそんなこと言うんだよ!」自分はこうなることができて・・・決して天蓬を手放すつもりはない。
と強く思い、確信しているのに・・・
「当たり前のことでしょう。」
もしかしたら・・・自分の今までの素行のせいで、天蓬は不安になっているのかも知れないと
捲簾は思ってしまった。
満たされない思いと叶わない願いを抱えたまま、目の前にいる天蓬に手の一つも出すことができず、
悶々としていた日々・・・手当たり次第に女に手を出していたのだ。
けれどそれは・・・のべつまくなしではなく、天蓬に似た面影を持つ相手、限定だった。
確かに、西方軍へ赴任するまでは節操なしと言われても弁解できないほどだったが、
一目・・・天蓬を見た時から、捲簾の心は大きく、急速に天蓬に向かって傾向していたのだった。
「俺にはお前しかいねぇぜ・・・さっき・・・お前に言った言葉は全部嘘じゃねぇ」
真剣な顔で捲簾は言った。
「よしてください」
目を反らそうとする天蓬の顎を掴んで、捲簾はそれを許さなかった。
「俺の目を見ろよ」
「捲簾・・・」
「お前が死ぬって言うんなら、俺も死ぬ。ここで二人で刺し違えってのも悪かねぇからな。
けど、俺は生きて・・・お前と一緒にいたいって思うほうが強ぇわけ。だから
お前のそのお願いは聞いてやれねぇ。俺はもっともっと、まだまだお前が欲しいからな」
「貴方・・・自分が言ってることの意味わかってるんですか?」
「あぁ、当然だろ?俺はお前が心底好きで、ずっと一緒に居たい。手放すつもりなんざ
さらさらねぇってな」
「おかしいですよ・・・」
「あぁ、そうだな。お前に狂わされてる」
「捲簾・・・」
天蓬の縋るような瞳に捲簾はなんとなく、天蓬が言いたかったことが分かるような気がした。
考えて見ればそうなのだ・・・
お互い同性で、しかも、自分は天界西方軍を率いる大将で、天蓬に至っては、自分の副官といえども、
位は自分よりも上で、ずば抜けた才能は上層部から一目も二目も置かれているような
存在なのだから・・・
「俺は何も気にしねぇし、欲しいものもなんにもねぇ。
お前と男同士だろうが、なんだろうが、俺はお前が居てくれりゃぁそれでいいんだ」
捲簾は溢れんばかりの優しい笑顔で天蓬を見つめると、
天蓬は泣き笑いそうな顔で黙って捲簾を見た。
「ったくよ・・・折角の初夜の感動も何もすっ飛ばかしてくれやがって・・・」
苦笑いする捲簾に、天蓬は「すみません・・・」と小さく呟いたのだった。
「今の地位とかンなもん俺にとっちゃどぉーってもいいってこと。
お前を手に入れたんならどんな対価でも払ってやるつもりだ。
ま、払わせることができるんならな・・・」ニヤリと微笑む顔はいつもの捲簾の笑顔だった。
「・・・・ほんとに・・・」天蓬の呟きに捲簾は「ん?」と言った顔をした。
「強いですねぇ・・・」天蓬は言ってから「こんな強い人に口説かれたら、
世の女性方はひとたまりもないでしょうね」と苦笑いをした。
「はぁ?」と捲簾はそれを聞いて素っ頓狂な声を上げた。
「何ですか?」
「それはお前だろーが」
「は?僕ですか?僕はしがない軍事オタクですよ」
「男女問わず、その綺麗な笑顔で一発撃沈させるくせによ・・・」
「たまたまですよ」
「ちげーよ。・・・・それよりさ、さっきの話だけど、俺がお前を必死に口説いてたのにも
相当覚悟してたってわかってくれてた?」ん?と捲簾は天蓬の顔を覗き込んだ。
「さぁ・・・僕の方がいっぱいいっぱいでしたから」読めない天蓬の顔に捲簾は拗ねたように
「あ、そ」とだけ答えた。
「さっきの言葉は二度と言わねぇよな?」念押しのように捲簾は天蓬に言った。
「言う必要がないなら・・・ですよ」
「お前なぁ・・・」
「絶対とか永遠はありませんよ・・・」
「ったく・・・。分かったよ」捲簾の言葉に天蓬は「え?」と言った。
「誰にも何も言わせねぇようにさ、俺たちが潔く生きてりゃいいわけじゃん」
「貴方ね・・・」
「別におおっぴらにするとかって意味じゃねぇよ。たださ、だからどうなんだって
いつでも言えるようにやってりゃいいんあじゃねぇのってこと」
「なるほどね・・・」
「納得してもらえた?」
「なんとなく・・・」
二人は顔を見合わせてふっと笑った。
天蓬は捲簾の傍なら自分らしく生きていけることを確信し、
捲簾は天蓬の傍でなら最大限の自分でいられることを認識した。
「離さねぇからな・・・・そっちの方で覚悟しろよ」
いつになく真剣な捲簾に天蓬はゾクリとした。
「はい」
「んじゃさ・・・仕切りなおしってことで」
捲簾は天蓬に微笑みながらチュっとキスをした。
「改めて、お願いごとって何だ?」
尋ねる捲簾に天蓬はニコリと笑って
「イカせてください」
と答えたのだった。
嬉しそうに満面の笑みを浮かべた捲簾の、リベンジのお陰で、翌日の軍会議に
副官の元帥の姿はなかったとか・・・・
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