命尽きても


















ひららひと 

桜の花びらが舞い散る中・・・ 



木に背を預け、そっと宙を仰ぎ見る麗人 


遠い彼方に思いを馳せ、 何かを悼んでいるように 

儚く 

美しく 

気高く佇む魂・・・ 






恋人であり、自軍の副官でもある天蓬を探していた捲簾は、
 
天蓬の執務室の窓から見下ろせる、花の美しい木の傍に、その姿を見つけ、
 
声をかけようとして、はっと言葉を呑んだのだった。 





その、あまりに儚げな姿に、
 
飛び降りて、すぐにでも抱きしめたい気持ちと、
 
彼が、今思っている人に対する、気が狂いそうなほどの嫉妬で、
 
心の中がぐしゃぐしゃになる自分を、捲簾は抑えきれず 、

窓に背を向けると、そのまま部屋の端にある、小さなソファに腰を下ろした。 







つい、先日だった 

西方軍に出陣命令が下った。 




任務は・・・逃走している天界人の、身柄確保 

しかもそれは、高貴の女性だった。 





美しきその女性が、戯れで下界へ降りただけなら、軍が出陣するほどのことでもないところだったが 、

その人は、降り立った下界で、自ら張った結界の中に、閉じこもってしまったのだった。 

それの力が及ぼす影響は、計り知れない・・・ 

意図せずとも、周囲の精気に強く影響し、近隣の森も村も、冬眠のような状態になってしまったのだった。 





一族の、どんな者の説得にも応じることもなく、困り果てたところへ、彼女を良く知る人が 口にした

「天蓬元帥ならもしや・・・」の一言で、命が下ったのだった。 






訳も分からないまま、捲簾は小さな部隊を結し、浮かない様子の副官を引きずるようにして、

下界へ向かったのだった。 








「戻りましょう・・・祥姫」 
女性の字を口にする天蓬に、捲簾は、驚いた顔で見た。 


よほどの親しき仲でない限り、字を知ることはないからだ・・・ 


「お断りします・・・月海」 
初めて耳にしたその女性の声は、澄んでいて美しいものだった。 



「ユ・・ユエ・・・」 眉間に皺を寄せて呟く捲簾に重ねるように

「僕の字です」と、天蓬は、どこか泣きそうな顔で、静かに答えた。 



女性の字を、天蓬が知っているのは我慢ができたが、自分さえ知らない天蓬のそれを、
 
自分が知らない他人が知っているのには、さすがの捲簾も、冷静を保つがやっとだった。 




「へぇ・・・」精一杯自分を抑えて言う捲簾に 

「詳しくは戻ってから・・・」と見透かしたように天蓬は、言ってから、祥姫の張った結界へと
 
近づいていった。 



「何があったんですか?」 

「お答えしたくありません」 

「そんなこと、おっしゃらずに」 

「貴方に・・・私の気持ちが分かるはずありません」 

「・・・そうかも知れません・・・が・・・分かろうという気持ちは、ありますよ」 

「無理ですっ・・・・今さら・・・・」 

祥姫の声は、震えていた。きっと、結界の中で泣いているのだろう。
 
それを聞いた天蓬の顔も、辛く苦しそうだった。 





男女の事情なんて、お手のものの捲簾には、二人が、ただならぬ関係だったことは 

すぐに理解できた。
 
嫉妬心に、狂いそうになりながらも、黙って二人のやり取りを、見守るのだった。 





「貴女のおっしゃるとおりですが・・・このまま、ここにこうしていても 

貴女ご自身、後にも先にも、進めなくなってしまいます。
 
僕は、貴女に、こんなふうには、なって欲しくはありません・・・

第一・・・こんなの・・・貴女らしくないじゃないですか・・・」

「私は・・・あの頃の私とは、違うのです」

「だったら・・・僕の知っている貴女に戻って下さい!」

お願いです・・・と懇願するような天蓬に、 

「そうおっしゃるのでしたら・・・貴方は、もう一度、私のもとへ戻ることができまして?」 

祥姫は、静かに尋ねた。




「それは・・・」 

「おできになりませんでしょう?でしたら、このまま、私を捨て置いてくださいませ」 

もしかしたら・・・一縷の望みと共に、天蓬の返事を待っていた祥姫は、

その返事の絶望的なことに、泣きそうな声を漏らした・・・





「祥姫・・・今更かも知れませんが、僕が貴女と共に過ごした時の中に、嘘はありませんでした。 

あの頃の僕には、敵が多過ぎました。そして、力もない僕には、貴女を守りきる自信がありませんでした。

揺ぎ無い力と言うものを持たないまま、大切な貴女を巻き込むわけには、いかなかったんです」 

「月海・・・私を、お捨てになったのではなかったのですか?」 

「心を残していくわけには、いきませんから・・・貴女のお父上からお話を頂いて、

そういうことにして頂いたのです。あの時の僕には・・・それしか方法がありませんでした」 

「なぜ・・・その時に、真実を話して頂けなったのです」 

「そうすれば、ご理解頂けましたか?」 

「それは・・・」 

「お願いですから・・・お父上のもとに・・・」 

「いえ・・・戻れば、心無い方のもとへ嫁がねばなりません・・・永遠ともいえる長い天界で 

 その方と夫婦として過ごすのは、私には、拷問以外の何ものでもありません」 

「祥姫・・・」 

「私の心は今でも貴方に・・・ずっと貴方だけを想って参りました・・・

けれど貴方は・・・今は、他の方のものなのですね・・・」
 
そう言って、祥姫はゆっくりと視線を捲簾に向けた。 

射抜かれたように、捲簾の体が硬直した。 

「羨ましいですわ・・・月海のお心を、一身に受けることができるなんて・・・」 



捲簾は、何も言えなかった。 




「月海」 

「なんです?」 

「見届けてくださいまし」 

「祥姫!!」 

「貴方に見守られての最後なら、それこそ本望」そう言って祥姫は呪を唱え始めた。 

「止めて!!祥姫!!」天蓬の叫びが痛いほどに、辺りに響く 

「・・・ごめんなさい・・・こうやってしか・・・私は・・・それでも貴方のお心の
 
 片隅にでもずっと居させ欲しいのです・・・・」 

祥姫の指先が最後の印を切った瞬間、まばゆい光の中に、彼女は包まれ昇華していった。 

「祥姫・・・あぁっ・・・」その場に崩れ落ちるように、天蓬は座り込むと、大地を掴んで声を上げて泣いた。 

あまりの様に、部下も捲簾さえも身動き一つ、声すらも出すことができなかった。 














「貴方がこちらへ赴任してくるずっと以前・・・彼女とは、想いを交わした仲でした・・・」 


帰還し、祥姫の父や関係者に、事の次第を報告した後、力なくソファに身を預ける天蓬は、
 
自分を複雑そうな顔で見つめる捲簾に、呟くように言った。 




「あの頃の僕には・・・ま、今でもそうでしょうが・・・敵が多過ぎました。

祥姫とは・・・身分もなにもかもが違い過ぎて・・・彼女にも危険が及びそうだと分かっても、

それを守れるだけの術が、当時の僕には足りなくて・・・

僕が彼女の元を去ることを、望んでらした彼女の父君にいろいろとね・・・

で、結局、委ねたんですよ。」











「無理にでも、そなたとの想いを、遂げさせてやればよかったのか・・・」 

娘の最後を聞いた後、父は震える声で拳を握り静かに呟いた。


 
身分違いの若者との恋路を支えてやらず、生木を裂くような思いをさせてしまった。

その娘がずっと変わらず、その男を慕っていたのも分かっていたのに・・・

その男が、自分だけの力で、素晴らしい実績を積み、地位を確立した頃には、

彼の心は既に、娘には無かったのだった。

男の力を見抜けず、彼を軽く見て、力添えをしてやらなかったことを後悔しても

全てが遅すぎたことだった。ふさぎこむ娘に対して、思いを断ち切らせるために、

無理やり結婚を決めたことを、心底悔やむかのように、天蓬に対しても「すまん」と、

口にしたのだった。 





「お力になれず、申し訳ありませんでした」深々と頭を下げる天蓬に 

「いや・・・すべては、この私のくだらぬ意地のせい・・・そなたにも、辛い思いをさせて
 
 すまなかった」と彼女の父は、言ったのだった。 










もし、二人が結ばれていたら・・・きっと、天界でも最高と言われるほどの、絵となる 

似合いの夫婦になっていただろう・・・そう思うと、捲簾の胸は刺し抜かれるように痛かった。 

自分が流した浮名の数々の女性が、束になってもかなわないほどの人。 

その人が、自らの命と引き換えにしても、心に残りたいと願ったのが天蓬・・・ 

果たして自分に、本当に、天蓬を独占する価値があるのだろうか・・・ 

そんな思いまでが、頭の中に浮かんでは消えていくのだった。 








「何を考えてるんですか?」大体、想像つきますけど・・・ 

天蓬の声に、捲簾は、はっとしてドアの方を見た。 

そこには、綺麗な笑顔を浮かべた天蓬が立っていた。 







「そこにいるのなら、声をかけて下ればよかったのに」 

「いや・・・邪魔しちゃ悪いと思ってさ」 

「らしくないですね・・・」 

「誰のせいだ」 

「すみません」 

「別に責めてねぇよ」 





捲簾は、ふっと微笑んで天、蓬に向かって両手を広げた。
 
誘われるままに、天蓬はその中へ飛び込んでいく。 


「いいんだよな?」天蓬を腕に抱きながら捲簾は言った。 

「もちろんです・・・というか、お願いします」 

「お前が、そう言うんならいい」 





そう・・・天蓬が、自分を選んで、天蓬の方から自分の傍にいてくれるなら 

それでいい・・・捲簾は、ふっきれるように思えるのだった。 






「お前の過去にまで、嫉妬できねぇし」 

「僕こそです。貴方の過去に嫉妬してたら、身がもちませんから・・・」 

「全部ひっくるめて今のお前ってことだしな」 

「無駄に長く生きてますから・・・いろいろあります」 

「だな・・・無駄にな・・・」 

「でも・・・今は・・・貴方でいっぱいのおかげで、無駄とは思えません」

天蓬の微笑みに、捲簾はたまらなく愛しさを感じた。 

「俺もな・・・チョー有意義だぜ」 

ふっと二人は、顔を見合わせて笑った。








「けど・・・居るんだろうな・・・」と言って、捲簾は、天蓬の胸をちょんと突付いた 

「嫌・・・ですか?」 

「いや・・・あのすげー決意にゃ、シンクロしちまうぜ・・・」 

「ありがとうございます」 

「忘れるなよ」 

「はい・・・貴方のお許しがあるなら」 

「俺は、そんなセコイ男じゃねぇぜ?」 

「ですね・・・」 

「なんつっても、お前のこれからを、全部頂いちゃうわけだし」 

「え?」 

「お前の最後のヒトってことだ」 

「捲簾・・・」 

「ま、俺にとってもってことになるがな」苦笑いする捲簾に、天蓬はぎゅっとしがみついて 

「ありがとうございます」と小さく呟くように言ったのだった。 







永遠ともいえる時の中で 

互いの終わりが訪れるまで 

唯一の貴方と・・・・ 

















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