攻めるん遅いわ

























『最近、周助が、ちゃんと笑わんようになった。





他人から見たら、いつもと全然何も変わらんように見えるやろうけど、

俺にはすぐ分かる。



何でそないなったんか、それも分かってる。



俺は、いっつも綺麗に、幸せそうに微笑むアイツが好きやから、

あいつが、いっつもそう在り続けることができるように、守ってきたのに・・・・』













『何でや・・・手塚・・・・何で、今更・・・・・』

























放課後、不二は、いつも迎えに来た忍足と待ち合わせしている校門に向かって急いでいた。





「不二・・」





「・・・・・・手塚」





かつての恋人だった手塚に呼び止められて、不二は戸惑いながらも微笑んで手塚を見た。

引退して部活に行くことも少なくなった今、クラスも違う二人が出会うことは殆どなかった・・・



大会の途中で故障した腕の治療のために、ドイツへ向かう際、手塚は一方的に不二に別れを

告げて行ったのだった。

その時、崩れてしまいそうな不二を救って支えたのが忍足で、以来、二人は付き合うように

なっていた。

忍足の想いやりの深さに、不二は心底感謝をし、信頼し、そして愛していた。













半年が過ぎた頃・・・治療を終えた手塚が戻ってきた・・



それは、ほんの一週間前のこと















「不二・・・」下校しようと渡り廊下を歩いていた不二は、手塚に呼び止められた。



「あぁ・・・手塚・・・おかえり。今日からだったんだ」



「あぁ・・・」



「テニスは、辞めずに済むんだって?良かったな」



「あぁ・・・」



「今から部活?」



「不二は行かないのか?」



「約束があるんだ・・・じゃぁ」





そう言って、先を急ごうとする不二に、手塚は少し辛そうな顔を浮かべながら、

言葉を続けた。





「忍足か?」



「えっ・・・あ・・・うん。そうだよ」少し驚いたように不二が足を止めて、

恥ずかしそうに答えた。



「菊丸から聞いた・・・付き合っているんだってな・・」



「ん・・・」



「もぅ・・・・」



「え?」



「もぅ、そこに、俺の入り込む余地は残ってはいないのか?」



「手塚?」



「身勝手な言い草だとは分かっている・・・・」



「・・・・」



「勝手に・・お前の気持ちも考えず、別れを言い出した俺が、

半年以上も前の話を引っ張り出して・・今更なのはわかっている・・

だが・・・俺は今でもお前を・・・」




手塚が次の言葉を言おうとしたとき、

黙って俯いたまま、何かを耐えるように聞いていた不二が





「やめて・・・」と一言だけ言って、その場を走りさったのだった。







不二は、自分の心は今、忍足を想う気持ちで一杯なのに、心のどこか奥の

片隅が、キュンとするのが何故か苦しく感じられた。



そして、それを気にすればするほど、上手く笑えなくなっていったのだった。



不二の笑顔に垣間見える儚さを、忍足は敏感に感じ取っていたのだった。



そして、それは忍足が手塚帰国の噂を耳にした頃からだった・・・



















「ごめん、手塚。・・・急いでるから」



そう言って、不二は校門へと走っていった。



「侑士!」恋人の姿を見つけて声をかけた



「あぁ、周助・・・おつかれさん」



そう言うと、忍足は不二の頭に手をそっと置き、ポンポンとしながら優しく微笑んだ。

そして、二人並んで、いつもと変わらぬ様子で不二の家の前に着いた。





「ありがとう。侑士」





いつも通りのバイバイをしようとしていた不二に、忍足はいつになく真剣な顔で言った。





「周助。暫くの間、俺、自分に会うんやめようかと思うねん」

諭すような忍足に



「え?」不二は驚いて尋ねた。血の気が一気に引いていく感覚に襲われる・・・



「ちょっと、自分の心の中・・・・整理したほうがええと思う・・・

何がホンマに自分にとって大事なんか・・・・必要なんかを」





辛そうな表情をしながらも、忍足は優しい眼差しと口調で、不二にゆっくりと話た。





「侑士だよ・・・僕が好きなのは・・・なのにどうして僕から離れるって言うんだ?」

不二には、自分のことを優先的に思うゆえの行動をとろうとする忍足の表情が、痛々しく感じられた。



「周助・・・よぉ聞き。自分が知らん不二周助を、俺は知ってる。それくらいずっと

自分を見てきた俺が言うんや・・・分かるな?」



「侑士・・・」



「結果はどうなっても、俺は周助が選ぶ答えが一番やと思うから」



「どうして・・・・どうして、そんなこと・・・」



「・・・・自分な、最近、ちゃんと笑えてへんで・・・」





不二の頬に伝う涙を、優しく手を当てていた親指で拭いながら忍足が言った。





「え?」忍足の言葉に驚いた顔をする不二に、



「アホやなぁ・・・自分。気づいてへんかったんか?」と忍足は苦笑いして言った。



「うそだ・・」



「手塚が帰って来たころからかな・・・より戻そうって言われたんやろ?」

微笑んではいるものの、忍足の表情は痛そうだった。





答えることが出来ずに黙っている不二に





「ほらな・・・俺にはわかるんやで」



「ごめん・・・黙ってて」



「ええねん。別にそんなことで俺は怒ったりせぇへんよ。周助がそれで手塚を選んだとしてもな・・・

俺がイヤなんは、ちゃんと笑えてない自分の、無理やりな笑顔見るんが一番辛いんや」



「侑士・・・・」



「俺の大好きな周助・・・ホンマに綺麗で、可愛いて・・・

けどな・・・今の周助はホンマの周助ちゃうよ・・・

俺のことは気にせんと・・・自分のホンマの気持ち・・・ゆっくり考えて確かめな・・・」





そう言うと、忍足はくるりと背を向けて、手をひらひらさせながら帰って行った。





忍足の想いを、痛いくらい感じながら、不二はその場を暫く動くことができなかった。













『くそ・・・なんでやねん・・・ホンマに・・・

こないなるんやったら、行く前にちゃんとしとけよ・・・手塚・・・

今更・・・今頃になって、攻めるん遅いわ・・ずっこいわ・・』













二人が、心にポカンと大きな穴が開いたまま、時が流れ2週間近くが過ぎた。















「おい、侑士。」



「何や?岳人」



「彼女来てるぜ・・・」



「え?」



久しぶりに部活に顔を出して、テニスでもして発散しようと部室にやって来た忍足に、

後からやって来た向日が声をかけた。






来たままカバンを持って、部室を飛び出した忍足の目の前に、綺麗に微笑む不二が

立っていた。





「侑士・・・」

少しやつれたようにも見えるが、その微笑みはかつてのものに戻っていた。




「ど・・・どないしたん?こんなとこまで・・・」



「久しぶりなのに・・・何か、つれないな・・・」ふっと寂しそうに瞳に影を落として俯く不二



「せやかて・・」忍足は覚悟を決めなければ・・・と思った矢先、



「侑士だよ・・・僕が本当に好きで、必要としてるのは。

それを言いに来たんだ・・・迷惑だった?」



「迷惑やなんて・・・・」



「長かったよ・・・たった何日間かだったけど・・・

ちゃんと考えて、たどり着いたんだ。僕が選んだ答えってやつにね。

侑士と会えなくなって、声が聞けなくなって、心の中にポカンって空いた穴は、

他のだれにも埋められないんだ・・・侑士じゃないとだめなんだ」



「周助・・・」



「手塚のことで動揺したのは、思い出の中の自分を可哀想と思う気持ちから

だったってことに気づいた・・・・それは、今の自分には侑士がいて、

侑士のおかげで、今の自分がとても幸せだったから、過去の自分に同情が出来たんだと思う」





不二の一言一言を、忍足はじっと聞いていた。





「どぉ?ちゃんと笑えるようになってるだろ?」



「あぁ、せえやな・・・別嬪に・・・えらい、また別嬪になったなぁ・・・」

とびきりの優しい微笑みで、忍足が不二に言った。




と、その時。

「をい!」と二人の背後から聞き慣れた声がした。



「「跡部」」



「失せろ、・・・部室前でイチャこいでんじゃねー。ったく・・・バカが・・・」

言ってる言葉はキツかったが、不二の幼馴染で最近の二人の事情を知っていた跡部の口調は、

至って優しかった。





「ごめん」

「すまんな」





そういう二人に「邪魔だ・・・とっとと帰って盛り上がれ」と跡部が言った。





「部活・・・また明日来るわ」





「あぁ・・」





立ち去ろうとする二人に跡部が

「ったく・・・イチャこぐのもいいけどよ・・・上に上がってもその調子で

やられたんじゃ、こっちはいい迷惑だぜ・・・」とニヤリと笑いながら言った。





「なんでや・・そない再々あらへんわ」と言う忍足に



「はぁ?」何言ってんだよお前・・・と言わんばかりの顔を跡部がした。



「え?」跡部の反応に忍足もどうして?といった顔になる



「おい・・不二・・・・お前・・・」

忍足の反応を見て、跡部が不二に話を振った。



「・・・ん・・・侑士には内緒だった・・・」

と不二が楽しそうに笑った。



「・・ったく・・」呆れる跡部に



「え?何??」と忍足が尋ねる。



「こいつ、外部でさ・・・春からうち(氷帝)に来るんだぜ」



「へ?」はとが豆鉄砲くらったような顔で、忍足が固まった。



「ごめん。どうしても、もっと侑士と一緒に居たくて・・・内緒で受けてた・・・」



「それって・・こないだの試験か?」



「ん・・・侑士が思っているより・・・僕は侑士のことが好きだよ・・」

そしてまた、不二は綺麗に微笑んだ。



「合格通知もらったんで、さっき手続き書類、提出してきたところだよ」



「周助っ」そういうと、忍足は想いのったけを込めて不二を抱きしめた。












その様子を見た跡部はふっ・・と笑って

「ったく・・・めでてー奴等・・・」と呟いたのだった・・・














人生の中で、寄り道回り道をしないといけない時は、必ずある・・・

きっと、手塚とのことは、それだったのだろうと、不二は忍足に話した。

出会って、惹かれたのは、きっと、知らず知らずのうちに、

本当の道だと分かったのだと・・・




黙って聞いていた忍足は、安堵したように、優しい笑みを浮かべたのだった。





















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