二人でいること
「夏は、夜・・・月ころはさらなり・・・・」
「闇もなほ・・・・やったかいな?」
窓際で、月を見上げながら呟いていた不二の背後から、忍足が声をかける。
「ん。そうだよ」
振り返って綺麗な笑顔で、不二はそれに答えた
「ほれ、入ったで、コーヒー・・・飲みむやろ?」
両手に持ったペアのマグカップの、薄桃色の方を、忍足は不二に差し出した。
「ありがとう・・・・ますます眠れなくなっちゃうね」
小首を傾げて、それでも嬉しそうに笑う不二に
「せやな・・・まぁええやん。俺がとことん付きおうたるさかい」
忍足が、優しく言った。
「なんか勿体無くって・・・こんな月が綺麗な夜に、傍に侑士がいるのにさ・・・
寝ちゃうなんて、できないよ」不二が忍足を見つめて言った。
「そりゃ、光栄の極みやな・・・蛍は飛んでへんけど、俺で良かったら
なんぼでも傍に居るし・・・」
「うん・・・居て。傍に・・・ずっと」
そう言って不二は、すっと忍足にもたれかかった。
さらりと髪が流れ、肩に感じる不二の温もり。
忍足は、ほのかに香る不二の匂いを、心地よく感じて、目を細めながらそっと不二を覗き込んだ。
長い睫に、蒼い瞳をキラキラとさせながら、空に浮かぶ丸い蒼い月を見つめる不二は、
幼子のようで、愛しさが溢れてくるのだった。
『ほんまに綺麗で・・・可愛いなぁ・・・』
心の中で呟いて、忍足はカップに口をつけた。
「早く、一緒に暮らしたい・・・」月を見たまま、不二がポツリと言った。
「もうじきやん・・・」
「うん・・・でも・・・」
「すまんなぁ・・・」
「え?」
「寂しい思いさせてしもとるんやなぁって・・・・」
そう言って忍足は、首を少し横に傾げて、不二の頭にチョコンと自分の頭を擦り付けた。
「欲張りだから・・・侑士のことに関しては・・・どうしても
もっと、もっとって思ってしまう・・・」
「俺は幸せモンや・・・ほんま」忍足は、しみじみと嬉しそうに、不二に言った。
「重くない?」
「全然」
「窮屈じゃない?」
「せやから、全然そんなことないって・・・お前は、自分で思うほど、俺を束縛してへんよ」
「え?」
「優しいからな・・・お前は・・・知らんまに、加減してまうんやろな・・・
俺は、もっともっと縛り付けてくれて、構わへんねんけど・・・」
忍足の目は優しくて、不二の心は、溶けてしまいそうになる。
「そんなことないよ。そう言ってくれる侑士のほうが、よっぽど優しいよ。
いつも僕の我侭聞いてくれて、僕を包んでくれている。だから、僕の心は、
いつも満たされていて、幸せで・・・・すごく、優しい気持ちになれる・・・
全部、侑士のおかげだよ・・・」
「俺は・・・そんな、たいそなモンやないで・・・お前を想う気持ちは、他の誰にも負けへん
自信はあるけど・・・お前の傍におって、お前を守りたいて思て頑張るんが、
いっぱいいっぱいやから・・・せやから、お前に寂しい思いをさせてしもて・・・」
胸が詰まる感覚を抑えながら、忍足はそれだけ言うと黙ってしまった。
「侑士は、いつも僕の望みを叶えてくれる。それだけでも、十分すごいんだよ」
「え?」
「そして、僕を凄く大切にしてくれて、幸せしてくれている」
「周助・・・」
「だから・・たまにはさ・・・『できひんもんはできひん』って言って?」
派茶滅茶なイントネーションで、一生懸命言う不二に、忍足も思わず顔が綻んだ。
「それこそ、できひんもんはできひんで・・周助」
「侑士・・・」
「そんなん・・・人間なんか、何時人生が終わってまうとは限らんやろ?
俺は、どんなしょーもないことでも、絶対後悔したないねん。特にお前の事はな・・
できる限りのことで、なんとかなるもんやったら、やりたいんや・・」
今まで一緒に過ごしてきた時間の中で、一生懸命に頑張る忍足の姿が、不二の頭の中に
浮かんでくる。
「せやから・・さっきお前が『早く・・・』て言うたやん?あと3ヶ月やけど
どうにかならんかなって、あれからずっと、俺は考えてる・・・・」
「過保護・・・」そう言って不二は、ふっと笑った。
「せやな・・・ほんま、ごっつ過保護やわ」忍足も笑う。
「今からこんなだと、どうなるのかな?」少し悪戯っぽく笑う不二に
「あぁ・・・親バカな親父にならんように、気ぃつけるわ」と忍足が返した。
「え?」どういう意味?と尋ねる不二に
「親父やのうて恋人やろ?」と忍足は、ウィンクしながら答えた。
「うん。そうだね」忍足の言葉に、不二はとても嬉しそうに頷いた。
「でもさ・・やっぱり、たまには言ってよね」
「できひんもんはできひん・・・か?」
「うん」
「そういう事態になったらな」と忍足は、微笑んで答えた。
「それに・・・・喧嘩もしようね」
「あぁ・・・せやな・・・いろんなこと二人で経験して、
二人で乗り越えていこな?」
「うん・・・・・たまには、侑士に叱られてみたい気もする」
遠慮がちに言う不二に
「周助が、俺を怒らすようなことせぇへんからなぁ・・・・・
って・・・お前、せやからて、変なことすんなよ?」
「しないよ」
「浮気とか・・・・」と一人妄想しながら、変化していく忍足の表情を
見ながら、不二はおかしそうに笑った。
「するわけないさ・・・僕には、侑士しか見えないんだからね」と言った。
「それやったらええけど・・・・せやけど、お前はモテるからなぁ・・・
あ・・・あかんわ、このままやったら俺、ほんまに親父になってまう」
と忍足は、苦笑いをした。
「ほんと・・・侑士って最高・・」嬉しそうに笑う不二を見て、忍足も
苦笑いから満足そうな笑いになっていった。
「離さへんから」
そう言って、忍足は不二をぎゅっと抱きしめた。
「うん。離れない」
不二も、忍足の背に手を回して答えた。
「離れたら、あかんで?」
「うん。離さんといて?」
「え?」
「あれ?発音・・・変だった?」
二人は、顔を見合わせてひとしきり笑った。
「今からちょっとずつ荷物持っといで・・」
「え?」
「実感沸くやろ?」
「うんっ!」忍足の言葉に、不二は嬉しさから一際大きな声で答えた。
「春やのうても、こうしてお前と二人で迎えるあけぼのは、ええわ・・・」
あれから二人で、ずっと語り明かして・・・いつの間にか白んできた外を眺めながら、
忍足がポツリと呟いた。
「二人でいることが、何よりなんだよね・・・」
少し眠そうに、忍足を見上げながら言う不二に
「せやな・・・」と忍足が答えてからそっとキスをした。
「んっ・・・」
「おはようのキスにするんか、おやすみのキスにするんかは、周助が決め?」
と忍足は、優しく微笑んで言った。
何もかもをひっくるめて、本当に暖かく優しく自分を包み込んでくれて、理解してくれる
忍足の存在に、不二は心底幸せと思い、感謝し、安心するのだった。
忍足の胸に抱かれて、まどろむ時間がたまらなく心地いい・・・
温もりを感じると同時に、安らぎを感じ、不二はそのままゆっくりと瞼を閉じた。
そんな不二を慈しむように見つめて、忍足は優しい微笑を浮かべながら、
規則的な呼吸を続けて不二が寝入ったのを確かめてから、ゆっくりを抱き上げて
ベッドへと連れて行った。
安心したように眠る不二を見つめながら
「好きや・・・離さへん・・・・絶対、幸せにするからな・・」
と呟く忍足の顔は、とても幸せそうだった・・・
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