四月のバカ

















「・・・ったく、毎年、毎年・・・」


跡部は、自室のベッドの上に置いてあったメモを見て、深いため息を付いた後、

ポツリと呟いたのだった。






もう一度、メモに視線を落とした跡部の脳が活発に動き、どんどん時代をさかのぼっていく。





「ほんとは、ぼく、うちゅうじんなんだ」

メモの主から聞かされた、最初の「嘘」だった。



非幼稚園児的に子供げがなかった跡部が、柄にもなく、この彼からの一言に動揺したのは、

封印してしまいたいほどの、情け無い思い出となっている。



「きょう、おつきさまに、かえるから、あしたからはあえないよ」

そう続けられて、骨董が置いてあった部屋へ忍び込み、甲冑が持っていた剣を四苦八苦して取ると、

眠い目をこすって夜更けまで、それを持ってバルコニーから、彼の家の方を睨んでいたのだった・・・

いつの間にか、眠っていた自分が、ベッドの中で目を覚ますと、



「おねぼうさんだね。いつまでねてるの?」と、すぐ傍で、月に帰ったはずの彼が、

いつも通りの笑みを浮かべて自分を見つめていたのだった。





「しがつバカっていうんだよ」

状況が掴めないままの跡部に、彼は、楽しそうに話したのだった。








それから毎年、毎年・・・

エイプリルフールには、彼からの、ちょっとビターなジョークががった「嘘」に振り回され続けていた。


分かっているのに、まんまと思う壺に嵌る自分を、跡部はまんざら嫌いではなかったし、

そんな自分を見て、心底楽しげに笑う彼を見るのを、どちらかというと楽しみにしていたのだった。





幼馴染の彼に、物心付く前から、無意識の中で、一目惚れをしていた。

大好きで、大好きで、愛しくて仕方なかった。

それは今もずっと

むしろ強くなっている




数多のライバルを蹴散らし

予想される障害を全て消化し

四月バカの日を避けて、満を持して彼に思いを告げるまで

あれから随分「嘘」を聞いてきたのだった。



途中、進学する中学が異なり、いろいろとあったが、

それでもお互いを唯一の存在として、想い続けてきたことに変わりはなかった。








「ったく・・・笑えねぇっつーの」

跡部は切なげな笑みを浮かべて、呟いた。


「あー、なんかムカつく」

チッと小さく舌打ちをすると、ポケットに手を突っ込んで、携帯を取り出した。



聞こえてくるのは彼の声ではなく、機械音声・・・



パタっと、乱暴にそれを閉じて、またポケットに突っ込むと、

帰ってきたばかりの格好のまま、部屋を飛び出した。



驚く使用人達を適当にあしらうと、さほど遠くもない彼の家へと駆けて行った。


いつもは開いているはずの門が堅く閉ざされていて、中から人の気配を感じることはできなかった。




分かっているのに、しつこく何度もボタンを押してみる

門を握って揺さぶってみる

もう一度、電話を掛けてみる・・・



云とも寸とも言わない彼に、跡部は湧き上がる得体の知れない感情に拳を震わせていた。

怒りとも、焦りとも、苛立ちとも、不安とも言える感情。

自分のに、これほど複雑な思いを起こさせるのは、やはり、世界でたった一人の彼なのだ。



何故連絡がとれないのか・・・

ほんとうにそうなのか・・・・



跡部は、ポケットから、くしゃくしゃにしたメモを取り出して広げた。

そして、もう一度、確認するように、じっくりと目を通した。











愛していると何度も告げた。

彼もそれに答えてくれていた。



何度もキスをして

何度も体を繋げた



それなのに・・・


今までの自分達の関係はなんだったのか・・・







今回は「嘘」はないと

今後も「嘘」はないと

そしてさようならと・・・





跡部はもう一度メモを握ると、渦巻く感情を必死で抑えながら、家へ戻ったのだった。








何度も携帯を画面を見た。

ベランダからも彼の家を見てみた。



想いあまって、夕食の時、母にもそれとなく尋ねてみた

「さぁ?どうだったかしら?好き勝手やってたから、愛想尽かされちゃったんでしょ?」

と、軽くあしらわれた・・・




跡部は、史上最悪な気分のまま、眠れぬ夜を過ごしたのだった。








朝になっても、気分は絶不調だった。

が、携帯の着信に何もないのを見て、諦めたように身支度を始めた。




私立の名門校の中では、他校よりも早く、入学式をする学校が多くある。

浮き足立つ行事を早くに終わらせて、学生の気分を学業へとスムースに移行させるためでもあった。




今日、自分達と同じように入学式を迎える学校を、跡部は他にも数校あるのを思い出していた。

できれば、その全部を回って、彼に事の真相を問いただしたいと思うし、

彼が選んだ相手を見てやりたいとも思った。

が、自分には、新入生代表で、挨拶をしなくていけないという任があった。




持ち上がりとはいえ、やはり、きちんとけじめはつけなくてはいけない。



少しデザインの変わった、新しい制服に身を包み、ネクタイを締めて、跡部は

自分自身に気合を入れなおすように、鏡の中の自分をにらみつけた。





とりあえず、登校し、他は帰ってからだ・・・




ようやく、決断することができて、ふっと一息ついてから、部屋を出たのだった。






階段を下り、とりあえず、何か口にしようと食堂へ向かうところで、

応接の方から聞こえる母親の楽しげな笑い声に足を止めた。




「ったく・・・人の気もしらねぇで・・・」


『うるせぇ!』と、怒鳴ってやろうと僅かに開いていたドアを、勢いよく開けた瞬間、

跡部は、生まれて初めて、石化するという経験をしたのだった。








「やぁ」

暫くの沈黙の後、この一言で、跡部の石化が解けた。





「おっ・・・お前っ!!」次の瞬間、跡部は大きな声で叫んだ。


「何?朝から・・・」母はそんな跡部を怪訝そうに見つめた。


「何やってんだよ!」視線の先で軽く手を上げていた、楽しげな母と話していただろう相手に、

跡部は噛み付くように言った。


「何って・・・君を待ってたんだけど」

しらっと言われて、跡部はがっくり肩を落とした。


「まったく、周助君を待たせるなんて・・・」

脱力したままの跡部に、母は、どっちが息子だか分からないような口調で言った。




「どうなってんだ・・・・」

ポツリと呟く跡部に


「とりあえず、朝ご飯食べてきたら?」と、不二は言った。


「あぁ・・・」

昨日からの緊張が、どっと錘のようになって、のしかかってくるように感じるほど、

跡部は体が重かった。






とりあえず、さっと食事を済ませて、再度身支度を整えて、玄関へ向かうと、

既に不二は待っていた。




そして、ようやく跡部は気付いた。

不二の着ている制服が、自分と同じものであるということに・・・



「行こうか」

さわやかに告げる不二に跡部は、深刻な顔をして歩み寄ると、ぎゅっと腕を掴んで、


「どいつだ?」と尋ねた。


「え?」


「だから、どいつだ?俺の知ってる奴か?」


跡部の様子を見て、不二は腑に落ちたように一息つくと、


「跡部」と跡部の目をじっと見つめて言った。


「ん?」


「もしかして、君はずっと僕に嘘をついてた?」


「はぁ?」


「僕を好きだって言ってくれてたの」


「んなわけねぇよ」


「だったら、どうしてそんなに取り乱すんだい?」


「え?・・・・・あっ!!」


跡部はようやく、深い霧が晴れたような顔をしたのだった。


「お前・・・」


「もぉ・・・ちゃんと分かってるんだと思ってた」不二はクスリと笑った。


「分かるか!バカ。んな訳のわからねぇ冗談だか嘘だかかましやがって・・・」


「一喜一憂しちゃったんだ?」悪戯子猫のように覗き込んでくる不二を跡部は

思わず、ぎゅっと抱きしめたのだった。





「あぁ、まんまとな・・・」耳元で跡部は優しい口調で不二に言った。

「史上最高の四月バカだ」




「そっか、よかった・・・」








「ほらほら、続きは後で。とっととお行きなさい」

苦笑いをしながらの跡部の母の言葉で、二人は慌てて飛び出して行ったのだった。












不二の入学に、テニス部の面子たちは大歓迎とばかりに駆け寄り、

女子生徒達は、跡部と全く違うタイプの新参入のプリンスに羨望の眼差しを向けた。

そして、

不二からの羨望の眼差しを一身に受けて、跡部は、威風堂々と、新入生代表の挨拶を行ったのだった。










最後の最後の曇天返し・・・









あのくしゃくしゃのメモは、

ずっとくしゃくしゃのまま、

跡部の机の引き出しの隅に

思い出と共に・・・













「僕らの四月バカももう終わり

 いろいろあったけど、楽しかった

 今回は「嘘」は無しだよ

 僕は、明日から、青学には行かない

 僕を好きだと言ってくれてる人と同じ学校へ行く

 じゃあね、さよなら」






















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