特別な存在


















放課後の教室、自分の席で、不二は日直の日誌を書いていた。

そこへ、日直の相方である忍足が、教室内での他の仕事を終わらせて

その前の席の椅子を引き、腰を下ろしながら、思い出したかのように話かけた。



「惜しかったなぁ・・・こないだの・・・」



「ん?・・・あぁ・・・実力?」

日誌に顔を向けたまま、不二は答えた。



「せや」

不二の邪魔にならないように、同じ机の隅に肘をつきながら、

忍足は言った。



「健闘虚しく、僅かに及ばず・・・」言いながら不二は顔を上げ、忍足に微笑んでみせた。



「主席と次席は僅差やったやん。それにや、お前ら二人はダントツのブッチぎり。

流石やなぁて思たわ・・・・俺も今回は、たいがい頑張ったつもりやったけど、

お前らぁには、敵わんわ・・・」と、忍足は、感心するように笑って言った。



「ん?」と、一瞬、不二は小首を傾げてから、

「確かに、跡部は凄かったね。あんなに仕事抱えてるくせに・・・それでもあれだ・・・

僕は、当たり前のことを、当たり前にやってただけに過ぎないさ」

と、少し俯き加減に続けて答えるその顔は、どことなく寂しそうだった。



「そぉかな?俺は、そないなことはないと思うけどな・・・跡部にしたかて、お前にしたかて

俺らから見たら、十分怪物レベルや」忍足はそう言って、不二の頭をクシャとした。



「忍足・・・」



「これでも俺かて、中学ん時は、お前と同じ肩書き背負わされて、勝手なプレッシャー

かけられてた立場やったからな・・・まるっきりと言わんでも、

なんとなくお前の・・・言うに言えんとこっちゅーのは、分かるような気がするんや・・・」

忍足は、愛しそうに不二を見つめながら、優しく言った。







天才と呼ばれ、常に、特別なものを見るような目で、周囲から見られる。

「出来て当然」「強いのは当たり前」を求められ続け、

ありとあらゆる重圧に耐えながら、天才として、周囲の期待に応えなくてはいけない。

そのくせ、人は彼ら天才と称される者が、血の滲むような努力をする姿や、

見えない壁に苦悩する姿をさらす事を許さない・・・故に、孤高の状態に耐えながら

自分を維持することの難しさを、忍足は身を持って実感していた。

そして、目の前の自分よりもうんと繊細で、華奢な彼に、それを重ねた時、

忍足は、身につまされる思いに、胸がキュンとなるのだった・・・







「俺は・・・お前がここ(氷帝)に来て、解放されたけど・・・」と言う忍足に

ふっと、不二は微笑んでから



「僕はただ・・・跡部の傍に居たいだけさ。でも、ただ傍にいて守られるだけっていう

存在にはなりたくないからさ・・・常に、跡部景吾って男を、脅かす存在になれたらって

足掻いてるだけ・・・」

そう告げる不二の瞳には、凛としたものがあった。忍足は、そんな不二を見て「あぁ・・そうか・・」と

不二の底知れない強さを、感じたのだった。





「天才は君。僕は、跡部が好きってだけの、ただの人。それに、僕は、無理してるつもりはないよ。

むしろ、ここ(氷帝)へ来てから、君達に助けられて、跡部に甘えられて・・・

凄く幸せなんだ・・・」

ニコリと笑う不二は、ドキリとするくらい綺麗・・・・だった。







「俺が凡人・・・やっぱし、お前はいろんな意味込めて天才やわ。敵わんなぁ・・」と忍足は、優しく微笑んだ。



「跡部は、僕をとても大切にしてくれる。でも、僕は女の子じゃない。

だから、それでも跡部の傍にいようと思うのなら、それなりの存在でいたいんだ・・・

僕にしかできない役割っていうのかな・・・」と言う不二に



『そんなん・・・何もせんでも、何ものぅても、あいつは、お前のことしか

目に入らんと思うけど・・・お前がそんな健気やから、余計に、ますます

のめりこむんやろうな・・・』と、忍足は心の中で呟きながら



「そんなお前に、俺らまで、フォーリンラブやで」と冗談っぽく笑って言った。



「もぉ・・・何言ってんのさ」頬染めて言う不二は、とてつもなく可愛い・・・



「何もせんでも、十分お前は、素敵やっちゅーこっちゃ!」と言う忍足に



「褒めても何もでないよ!」と不二が答える。



「え〜〜、缶コーヒーでええから、奢ってぇなぁ〜」

忍足のそんな言葉に、二人の楽しそうな笑い声が、彼等以外誰もいない教室に響き渡り、

優しく流れる時間の中、綺麗な字で日誌に必要事項を綴る不二と、

それを邪魔にならないように、言葉を投げかけながら、

包み込むような気遣いを見せる忍足が、柔らかな空間を作り出していた。








と、不意に、

「何ジャレてんだよ・・・」と、廊下から呆れたような口調と共に、跡部がやって来たのだった。



「え?」振り返った二人に



「ったく・・・ガキかよ・・・」と跡部は、何処か拗ねたように言った。







「旦那来たからな・・・俺は退散。また後でな・・・」と言って、忍足は不二の頭に手を乗せると

「ほならな・・・」と言って去っていった。



「ったく・・・」呟いた跡部は、忍足が居た場所に腰を下ろして、「油断ならねぇな・・」と

前を見つめたままポツリと呟いた。そして、ポケットから缶コーヒーを取り出すと、

一つを不二に差し出した。






「ありがとう・・・話してただけだけど?」と言う不二に



「違げーよ」くだらねぇボケしてんじゃねぇよ、と跡部は言った。



「え?」キョトンとしている不二に



「お前だよ・・・」と跡部が言った。



「あぁ・・・テストか?」



「あぁ・・・ったく・・・満点取らなきゃ勝てねぇのかよ・・・冗談じゃねぇ・・」



「クスっ・・・君を退屈させちゃ申し訳ないからね・・・っていう、かあのテストで満点取る

君の方が、冗談じゃないって僕は言いたいけど?」小悪魔チックに微笑んで、不二が跡部に言った。



「あの点数でよく言うぜ。お前も大して変わらねぇだろ・・・」



「退屈させるような奴は、嫌いなくせに・・・」



「お前は、極端過ぎんだよ・・・たまには加減しろっつーの・・・」



「クスクス・・・僕はただ、君が傍に置いておくのに、恥ずかしくない人間でいようとしてるだけ」

そう言って、不二は缶コーヒーに口を当てた。



「よく言うぜ・・・こっちはお前に余所見させねぇでいるのに、必死だっつーのによ・・・」

跡部が愚痴るように言った。



「天下の跡部景吾が?」悪戯っぱく不二が笑った。



「あぁそうだよ・・・大体だ・・・お前は、そのまんまで十分だって言ってんだろ?

ったく・・・一体、どんくらいの奴が、お前を手に入れたがってると思ってんだ・・・」

相変わらず、自分の価値というものを、全く分かっていない上、過小評価しすぎる恋人に

呆れながら跡部は、不二の頭をクシャっとした。



「かいかぶりすぎだよ」伏せ目がちに、不二がそれに答えると



「お前・・・ほんと、そういうことに関しては、ボケてるよな」と跡部は、呆れ笑いをした。



「ボケてるって・・・」少し拗ねたように、不二が跡部を見上げて言った。



「お前は、俺を退屈させねぇつもりでやってんだろうけど・・・実際、楽しんでんのは、

お前自身だろ?俺はまんまと、それにはめられてんだよ・・・」



「僕はただ・・・跡部だから・・・何でも頑張れるし、君が傍にいてくれるから、

僕のままでいられる・・・それだけだよ・・・」そう言ったまま俯いた不二に



「幸せか?」と跡部が言った。



不二は、跡部に向かって、しっかりとした口調で「ん・・・怖いくらいさ」と、微笑んで答えた。



「ならいい・・・」そう言って、跡部は満足そうに微笑んでから前を向いた。



「跡部・・・」



「お前が幸せで、俺の傍にいたいと思えるなら、俺はそれでいい・・・」

前を見つめたまま、はっきりとした口調で、跡部が告げた。





不二の幸せを願い、傍に居ること以外、何も見返りを求めたりしない跡部の、

無償の愛情を感じる度に、不二は泣きそうな位の幸せと感謝の思いが、胸を溢れそうになるのだった。

そんな彼のためなら何でもしようと・・・自分の命を差し出すことさえも厭わないと、

不二は思うのだった・・・



すっと、跡部の首に手を回して抱きついて、



「跡部・・・君のお陰で、僕は幸せだ・・・そして、何より君を愛してる・・・心から・・・」

と耳元で呟いた。



ふっと跡部は、とても柔らかく優しい表情をして、不二を抱きしめると

「俺達はきっと、もともとは一つのモノだったんだろうな・・・だから俺もお前も

お互いがいねぇと、不完全なままなんだよ・・・」と言った。



「分かってる・・・だから、僕は絶対離れない」君が完全でいられるように・・・



「あぁ・・俺も・・・ってか、離さねぇ・・・」



見つめ合い、ひきつけられるようにキスをしながら、二人はきつく抱き合うのだった・・・・

















『をいをい・・・頼むわ・・ほんま』



忘れ物を取りにきたのはいいが、予想通りの展開に、どうしたものかと

思案ながら「はぁ・・・っ」忍足は、一人廊下で溜息をつくのだった・・・






















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