それぞれの・・・-前-
地区予選が幕を開けた。が、個人シングルスの不二は他のメンバーとは異なるスケジュールをこなしていた。
跡部に言われたとおり、校内ランキング戦で、不二は上級生達を倒し、レギュラーの座を獲得していた。
忍足たちは団体の補欠。選手に選ばれたのは1年生からは跡部と不二だけだった。
そして、跡部は団体のメンバーとして、不二は自らの希望で、個人部門の選手となっていた。
氷帝から個人部門にエントリーしているのは、御崎と不二ともう一人2年生の3人だけで、
その日、跡部ら団体チームは、違う会場で試合だった。
不二は、初めて試合場での孤独感を経験した。
それでも跡部との約束もあり、順当に勝ち進んでいった。
不二と御崎の二人は都大会出場権を手に入れ、
更衣室で帰宅準備をしていた。
「やっと見つけた!」
そう言って視界に飛び込んできたのは、オレンジの髪をなびかせてニコニコ笑う千石だった。
「あれ?千石も個人Sだったんだ」
「え?〜組み合わせ表見なかったの?」
「ごめん、自分のブロックしか見てなかった・・・」苦笑いして不二は答えた。
「不二らしいね」
「で?君はどうだった?」
「オレがこんなとこで終わるはずないっしょ?」
「だね」二人は顔を見合わせてクスリと笑った。
「組み合わせ表見てさ、不二の名前があったからずっと探してんだぜ。
携帯に電話しても出ないしさ。」
「そうだったんだ・・・悪かったね。マナーにしてたし気づかなかった」
そう言って携帯を取り出して、不二は画面を開いて着信記録を見た。
「なに?これ!!」
着信記録は、全部「千石」に塗り替えられていた。
「え〜、だって不二全然出ないから〜」
「千石・・・これってある意味ストーカーだよ」不二は、仕方ないな・・・と苦笑いをした。
「え〜ひどいな〜〜」
「クス・・・酷い顔・・・天下の千石清純の名が泣くよ」
「不二の意地悪・・・」
「ごめん。ごめん」
不良とまではいかなくても、品行的にあまりイメージがよくない山吹の千石は有名。
それと良家の名門氷帝の制服の二人が仲よさそうに話しているアンバランスな姿を、
周囲は不思議そうに遠巻きに見ていた。
「周助。俺たちは帰るけど、お前どうする?」と、そこへ御崎が来た。
「あ、右京さん。久しぶりなんで・・・彼ともう少し話がしたいんですけど・・・」
「了解・・・へぇ・・・君・・・山吹の千石?」御崎は少し興味ありげに千石を見た。
「よろしく。不二はオレが責任持って送るから安心してね」
千石には先輩後輩なんてものは通用しない。物怖じすることもなく、千石はマイペースでニカっと笑った。
「何か・・・噂通りって感じだな。和臣から連絡ないからキメてると思うけど。
一度連絡しといてやれ。景吾に心配かけるなよ。気をつけてな。じゃあ」
と御崎は、不二の頭をクシャとしてから、さわやかな笑顔と共に帰っていった。
不二と跡部の関係は部長の左近と副部長の御崎、そして一年生の
いつものメンバーと現中三の一部レギュラーの内では公認だった。
他のメンバーは幼馴染だから仲がいいというくらいの認識だった。
「あの人・・・去年インハイ個人Dで優勝した御崎右京?」
「そう。今年はペアの先輩が卒業したから個人Sなんだ」
「跡部との関係知ってるんだ?」
「あぁ。部長もね。二人して応援してくれてる。」
「へぇー。で、どう?氷帝の学園生活は?」
「あぁ・・・いいところだよ」
「そっか・・学ランもよかったけどその制服のほうが不二には似合ってるね」
「ありがとう」
「ね、久しぶりに会ったんだし、ちょっとお茶しにどっかよってかない?」
「あ、いいけど、少し待ってくれ・・・」そう言って不二は携帯を取り出した。
千石は跡部に連絡するんだろうなぁと思いながらも、黙って不二の隣を歩いていた。
「あ・・・僕」
『あぁ』
「どうだった?そっち」
『愚問。負けるわけねーだろ』
「クス・・・そうだな」
『お前もな?』
「あぁ。右京さんと次は都大会」
『これから帰るのか?』
「いや・・・今、千石と会ってさ・・・お茶でもしようかって」
『は?千石?』
「あぁ」
『・・・ったく・・・後で連絡しろ。適当に迎えに行く』
「え?」
『密室行くんじゃねーぞ』
「はいはい。じゃあね」
『あぁ』
「ごめん」苦笑いをする不二を見て
「いいよ、跡部の奴、何か言ってた?」と千石は尋ねた。
「密室で二人っきりになるなってさ」
「何それ?まるで年頃の娘に親父が吐く台詞みたいだな」
「全くだな・・・」不二がこらえきれずに笑い出した。
丁度木陰の一目に付きにくい場所に差し掛かったところだった・・・
千石は綺麗に楽しげに笑う不二を堪らずクイと引き寄せた。
少し驚いたように僅かに開いていた不二の唇に、千石はそのまま自分のそれを重ねたのだった。
「・・・千石・・・」困ったように自分を見上げる不二に千石は
「不二可愛いから」と苦笑いをしながら答えた。
「困った奴だな・・・」呟きながら、頬を赤くし、俯く不二の姿が、
千石にはたまらなく可愛らしく感じられた。
それから近くのファミレスで久しぶりの会話に随分と花が咲いた。
途中、不二が跡部にメールを送信するのを、千石は黙って眺めていた。
「君がいるなら都大会は退屈しなくてすみそうだな・・・」
「俺でよかったらずっと傍にいてあげるよ」
「最初からそのつもりだったんだろ?」
自分が個人を選ぶことと、千石が個人を選ぶことの共通点と、それを見越した千石の選択
を不二にはなんとなく分かるような気がすると同時に、きっとそれは千石もそうなんだと
思えて仕方なかった。
「あれ?やっぱ・・・バレバレだった?」おどけたように笑う千石だったが、
その奥の優しさを不二はちゃんと感じとっていたのだった。
「みんな・・・バラバラになってしまったみたいだけど・・・」
かつて同じ目標に向かって頑張ってきた仲間やライバル達・・・
高等部へ上がったり、中学に残ったり、外国へ行ったり、団体へ出たり、個人だったり・・・
テニス自体を辞めてしまった者もいたり・・・そのそれぞれに不二は思いを馳せながら呟いた。
「それでいいんじゃないのかな?」
「え?」
「それでもさ・・・俺達は皆、ちゃんと進むべき道に向かって、試行錯誤しながらでも
頑張ってるわけだし、行き着く場所とか、その過程なんてものはさ、
それぞれが思う方法でいいと思うんだ。それなりに青い春ってのをちゃんと満喫して
そして大人になっていけばいい・・・ってね?」
「千石・・・」
「俺は、そんな中でも少しでも不二の傍に居れる方法を選択したわけよ」
「千石・・・」
「だからさ、跡部だって、不二が個人を希望しても何も言わなかっただろ?
自分の中でちゃんとしたもの持って、考えて決めたことだからさ」
「あぁ・・・それにしても・・・よく分かったね」
「伊達に千石清純やってないよ?ってことでここぞとばかりに不二には張り付いちゃうから」
「クスクス・・・ありがとう。でも、跡部に殺されないように気をつけなよ」
「ハハハ、勘弁してよ。俺、平和主義者」
「よく言う」不二はコロコロと笑っていた。
「僕が平和主義でいられるのは千石のお陰かも知れないね」
「え〜?どういうこと??」
「クスクス・・こないださ、タチの悪いしつこいのにナンパされたんだ
で、目に余ってね、少しばかり我慢の限界超えそうだったんだよ。そしたら、たまたま
亜久津が通りかかって、助けてくれたんだ。・・・っていうか、まぁ、
向こうが亜久津の顔見て逃げちゃったんだけどね。
礼は千石に言えって亜久津に言われた。大会前だったしモメ事起こせないから助かったよ」
「あいつらしいね。まぁ学校の外でのことは俺たちに任せときゃいいよ」
「甘えとく」
「跡部にしたってさ、あいつがひどいことしたらすぐに言って来てよ。
俺が代わりに成敗してやる」
「クスっ・・・千石・・・それ、昔からちっとも変わってないな・・・
ずっと同じこと言ってるじゃん・・・跡部は大丈夫だよ」
「いいんだよー。不二の笑顔と幸せを守るのが俺の仕事なの」
「君の優しさには・・・感謝してるよ」自分の思いに実直で、でも、不二に負担をかけまいとする
千石の心遣いに、何度も助けられてきた・・・と不二は思い出していた。
不安定な時期、何度か体を繋げたこともあったが、決して彼はそれを引きずったり、
強要してくることはなく、全て不二から求められて、それに答えるということに徹底していたのだった。
申し訳なさそうに俯く不二に
「どういたしまして、でもさ、たまには俺とちゃんとデートしてよね」と千石はおどけたように言うのだった。
「あぁ・・・親父の許可が下りたら・・・ね」
顔を見合わせて二人はプッと噴出した。
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