刹那を越えて
呼び出されたのは、2月も最後の火曜日だった。
閏年生まれの僕には、ちゃんとした誕生日は4年に一度しかやってこない。
だから・・・だろうか、
自分の誕生日に対して、不思議なくらい、執着も、愛着も固執もなかった。
敢えて言うなら、
夢も希望もない。
そんな感じだったろう。
どんなに、たくさんの女の子からプレゼントをもらっても、
どんなに、いろんな人からお祝いの言葉を貰っても、
『本当は、今日じゃない』と、ずっと心の中で繰り返していた。
そんな僕を見ているからか、家族でさえ、
29という数字がカレンダーにない年に、僕の誕生日を祝うことはしなかった。
それが、余計、僕を冷めさせて、感動を感じなくさせていたんだろう。
ともすれば、味気のないまま、その日を過ごし、
自分がいくつになったのかも、忘れてしまいそうな中、
唯一、
彼だけが、
毎年、僕に一年の節目を感じさせてくれる。
跡部。
本当に、嫌味なくらい、不思議な奴。
「どうよ?今年は」
呼び出されて、すぐ近くの彼の家へ向かい、部屋へと入っていった僕に、
跡部が声を掛けた。
「別に」
「別に・・・か」
「強いて言えば、マフラーは10本も要らない」
「ふんっ・・・なるほどな」
毎年・・・
僕は、他人によって設定された誕生日に、これまた、他人の趣味趣向で
押し付けられた、お祝いという名のおしつけを持って帰るために、姉さんを呼ぶ。
何故か、毎年、姉さんはその日、仕事が休みで、家で僕からの電話を待っていた。
今日も、例にもれず、僕はうんざりするほどの荷物と一緒に、帰ってきた。
今頃、姉さんが、それを仕分けしたり、手紙を眺めたりしてるだろう。
僕には、全然興味がないから、持って帰ってからのことは一切関知しないようにしている。
あれこれと、跡部から呼び出しを受けるまで、リビングで、姉さんの焼いたパイで
お茶をしてる僕の横で、店開きをしていた姉さんを思い出して、僕は跡部の問いに答えた。
「名前入りの携帯ストラップも要らない。
好きでもない香りのトワレも要らない。
甘すぎるお菓子も要らない。
何が言いたいのか分からない手紙も要らない。
反対に、下心とか、期待を思いっきり入れたような手紙も要らない
姉さんを呼ばないと、持って帰れないくらいの量のプレゼントなんて要らない」
言い終えた僕を見て、跡部は楽しそうに笑っていた。
「確かに、ちげーねぇ」
僕が困ってる様子を見て、楽しげにしてる跡部に、
誰のせいだと思ってるんだ?と思いながら、僕は諦めのため息をついた。
好きにすればいい・・・と。
一度、イベントの度に押し寄せるそれを、全部断ろうとしたことがあった。
それを跡部に話したとき、「ばーか、そういうモンは供養だと思って、
とりあえず、受け取ってやンだよ」と言われたんだ。
「どうしてさ」
「一旦、貰っちまったら、それをどうしようがこっちの勝手だ。
とりあえず、引き取ってやることで。浮かばれネェ魂が成仏できんだよ」
「何?それ・・・坊主みたいだな」
「そういうモンなんだよ。特にお前は、日頃っから、無駄にヘラヘラしてんだから、
勘違いする奴が多いんだ。自業自得ってのもあるんだ」
そういえば・・・と、僕は考えた。
跡部は、言葉使いこそ葉茶滅茶だけど、何をやらしても一番で、見た目も格好いいから、
僕なんて比にならないくらい、日頃から凄かったけど、
いつもさらっと、そんなこんなを裁いていたと・・・
そして跡部が教えてくれたんだ。
「どんな人間にも、夢を見る権利はある。
その結果、自分の意思を伝えようとしているなら、
とりあえず聞いてやれ・・・
それから、現実を教えてやればいい。」
って・・・
そんなことして、しつこく付きまとわれたらどうするんだって
尋ねた僕に。
「それこそ、現実を突きつけてやればいいだろ。
夢と妄想は、全然ちげーよ」
と、跡部はきっぱりとした口調で答えた。
流石・・・と。僕は思った。
跡部は、本当に優しくて、強い男なんだって・・・
「ま、処分に困るようなら、持って来いや。供養塔でも作ってやらぁ」
跡部は本当に楽しげに笑った。
「そのうちね」つられて、僕も思わず笑みがこぼれた。
「不二」
「ん?」
不意に真面目な顔で、跡部が僕を呼ぶ。
毎年繰り返されるその瞬間の訪れに、僕は高鳴る鼓動を感じながら、
平静を装って、それに短く返事をした。
跡部が僕に告げる一言。
それが、僕に、自分の誕生日の意味を、毎年繰り返し教えてくれる。
「ありがとな」
「うん」
「お前が居てよかったぜ」
「うん・・・」
俯く僕を、跡部は強く抱きしめてくれた。
生まれてきてくれてありがとう・・・
静かに僕にそう囁きながら、跡部は優しくキスしてくれる。
そして、僕は
そんな彼の優しさに包まれて、
年に一度訪れてくる日を実感し、感動するのだった。
「何が欲しい?」
そう聞かれて
「何も要らない」
僕は毎年、同じことを答えてきた。
いずれ、僕らは離れていく。
それは仕方のないこと。
僕も彼も男で、跡部には凄い血統がある。
感動の後にくる、切なさを飲み込む僕に、
「そうか・・・」といつも言う跡部が、
何故か今年は違っていた。
「俺がやるっつてもか」
「え?」
「おしつけだと思うか?」
イレギュラーな跡部の行動に、僕は暫く戸惑ったままだった。
「跡部は・・・違うよ」
「そうか」
ふっと息をついた跡部が、何故か凄くホッとしたように見えて、
僕はますます戸惑った。
跡部は、片手をポケットに突っ込んで、何かを取り出すと、
僕の左手を持って、薬指にキスをしてから、
手にしていたものをゆっくりとそこに、くぐらせた。
「えっ・・・」
僕は、自分の指を見て・・・言葉を失った。
これって・・・
すると、跡部は、もう一つの同じデザインのものを僕の手のひらに載せた。
「お前は、俺との未来を信じてなかっただろ」
見透かされていた一言に僕は黙って頷いた。
どんなに跡部が僕にそれを誓ってくれても、
僕はいつも、うっすら笑って答えるしかしなかったから。
幼馴染の僕らが、恋人になっても
いつかは終わりがくる。終わらなきゃいけないって、
そう思っていたから・・・
「信じろ」
跡部は怖いくらい真剣な顔で、僕を見て言った。
「信じると誓え」
揺ぎない口調と共に、跡部は自分の左手を僕のほうへ差し出した。
yesなら、この手のものを嵌めろと言うことなのだろう。。。
「できない・・・これは・・・」
「何故だ?お前の気持ちに嘘があるのか?」
「違う・・・」
「俺の気持ちには嘘はないぜ」
「でも・・・」
「迷いもなければ、後ろめたさもない」
「跡部・・・」
「不二。この俺を拒むな」
「跡部・・・」
「裏切るな」
僕は、この一言に突き動かされるようにして、跡部の手を取り、
僕と同じそれを彼の指に通した。
跡部が、満足げに微笑を浮かべて、僕を強く抱きしめた。
何度も跡部は僕にキスをしてくれた。
それは、この瞬間が夢ではないと、教えるように。
現実を教えてくれるように・・・
刹那主義だった僕の中の僕らの関係を、
跡部は全部見透かして、それでもいつも、告げてくれていたんだ。
そして、家族に了解を得て、行動してくれた。
どんな人間にも夢を見る権利があると跡部は言っていたけど
僕はその権利を放棄しようとしていたんだろう。
けれど、跡部は恐れることなく、夢を見続けていてくれた・・・僕の分も・・・
何も要らないといい続けていた僕を、跡部はどんな気持ちで見ていたんだろう。
救われない魂を抱えていたのは、本当は、僕ら二人だったのかもしれない・・・
後で、跡部が苦笑いしながら話してくれたこと・・・
「あれは、おふくろと選んだんだ」
選ばせろとか、ついて来るってウゼェのなんのってな・・・
そして、
僕は誕生日が楽しみになる。
そうしてくれた跡部と共に時を重ね、その日を迎える喜びに・・・
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