無比の想い




















このところ、対外試合が多く、なかなかゆっくりとした時間を過ごす事ができなかった氷帝高校

男子テニス部レギュラー達・・・



連日の、ハードな試合に、合間をぬうように行われた、ウィークポイント克服のための特訓練習に、

体力的にも時間的にも、余裕なんてものはすっかり奪われてしまいがちだった。



いつも余裕のキング跡部は、それに加えての生徒会活動云々で、ご多忙のスケジュールをどうする

こともできない上に、不二の体を気遣って、夜の営みも遠慮していたのだった。















「今日、明日は、完全オフだ」

生徒会の用で顔を出した職員室で、顧問の教師に呼ばれた跡部は、その言葉を静かに受けとめた。



「はい」



「試合結果を考慮して、もう一度、個々の能力判定をやり直した上で、今後の

練習メニューを、組み直しておいてくれ」



「分かりました」



いくらかの仕事を、副部長の忍足にふってやろうと跡部は考えながら、教室に戻った。

とりあえず、オフの連絡をして、今日は久しぶりに不二を連れて、買い物にでも出かけようと

思いながら、教室に一歩足を踏み入れる。と、窓際の一角で、甘ったるい空間が

広がっているのが目についた。



「ん?」

じっと視線を向けた跡部の眉間に、深い深い皺が何本も刻まれ、鋭い眼光が発せられた。














「ぶっちゃけ、ほんまに、お前の指は綺麗やなぁ・・・」

「え?何言ってんの?。君の指だって、そうじゃないかな?」

「俺のはあかんわ。色気もくそもあらへん」

「だったら、僕だって、色気なんかないよ」

「何言うてんねん・・・こんなセクシーな手、なかなかお目にかかられへんで?」

「何言ってんだか・・・」

「いやいや、ほんま」

「クスっ・・・そうやって、女の子、落としてるんだ・・・」

「なんでやねん、アホなこと言いな」

「クスクス・・・」

「はははっ・・・」





椅子を引いて、体を後ろに向けた不二が、自分のすぐ後ろの席の忍足と、お互いの指を

絡め合い、手を握り合いながら、なにやらいちゃいちゃとしているのだった。



というか・・・



単にお互いの手の大きさを比べたり、爪の形を比べたりしながら、

指が長いだの細いだの綺麗だのと、言い合っているだけなのだが、

離れた位置から見ると、ただのいちゃつきのじゃれ合いに見えてしまう。

厭らしさも何もない雰囲気だったので、クラスメイト達も、別に気にも留めて

いなかったのだが、跡部だけは、違っていた。

無言のまま、気配を消すように、つかつかと二人の傍に行ったかと思うと、

突然、



バコっ・・・



「うっ・・・」

「跡部っ!」




跡部の肘鉄が、忍足の脳天に、いきなり炸裂した。

全く予期していなかった攻撃に、忍足は、うめき声を上げて頭を抱えて蹲る。

不二は、驚いた顔をして跡部を怒鳴った。



静寂を破る跡部の行動に、一瞬、教室内が固まるが、障らぬ神になんとかで、再びさっきまでの

雰囲気を、取り戻していった。







「なにすんねんなっ!!!」

頭を抱えたまま、顔を上げた忍足は、跡部に怒鳴りついた。

「ふんっ。手癖の悪いバカが、抜かすんじゃねぇよ」

跡部は、不機嫌そうにしらっと言ってから

「今日明日は、オフだと流せ」と言って、不二の隣の自分の席に、腰を下ろした。




「モノを頼む相手にやることか・・・ほんまに・・・」ぶつぶつと言いながらも、忍足は携帯を

取り出して画面を開くと、主だったメンバーに手早くメールを送った。

後は、勝手に連絡がまんべんなく回ることになっている。





「大丈夫?」不二が、心配そうに忍足を見てから、呆れたようなため息をついて

跡部を見た。

「ふん・・・」それでもまだ、少し腹の虫がおさまらない跡部は、不二を睨みつける。

「なんだよ・・・」わけが分からぬ跡部の反応に、不二はムッとしながら呟いた。

「ったく・・・お前も、相当バカだな」

「はぁ?」

「・・・まぁいい。とにかく、今日は出かけるからな、付き合えよ」

跡部は、不二に言った。

「だったら、ちょっと本屋に寄ってっていいかな?」

「何か用か?」

「頼んでいた写真集が届いてたんだけど、このところ忙しくて、ずっと行けなかったんだ」

「分かった」

跡部の返事を聞いた不二は、ふっと忍足の方を向いて「君も暇なら一緒にどぉ?」と言った。

その瞬間、跡部の眉間の皺が、また深くなり怒りオーラが跡部を包み込んだ。

「ん?せやな〜、俺もちょっと見たいやつあるから一緒に行くわ」

忍足は、そんな跡部に構うことなく、不二だけを見ながら答えた。






勝手にしろっ!と言わんばかりに、跡部が立ち上がった。

「どうしたの?跡部」冷静に尋ねる不二に

「トイレだ」跡部は、吐き捨てるように言うと、教室を出て行った。

ふぅ〜ん。と言うように、淡々と跡部の背を見送った不二は、そのまま前を向いて

教科書を取り出した。




『分り易過ぎや、せやけど、今日のところは、痛い目遭わされた分、

楽しませてもらうよってな・・・』忍足も、跡部の背を見送りながら、心の中で呟いていた。













午後の授業を終え、三人は、並んで下校した。



人気テニス部の、イケメントップスリーが並んで歩く姿は、嫌でも人目を引く。

たいていは、迎えに来た車に、不二と二人で乗り込んで帰っていく跡部が、

電車の駅へと向かう姿に、遠巻きに女生徒達が、興味津々の様子で見つめていた。





忍足が不二と、不二の楽しみにしていた写真集の話を、楽しげに話しをしている後ろから

憮然とした表情で、跡部が一定の距離を微妙に保ちながら、着かず離れず着いていく。

和やかな楽園ムードと、絶対零度の凍てつく波動が、紙一重で、一団となって移動していくようだった。



道中もほとんど、不二は跡部を見ることはなく、跡部の眉間の皺はもうマックスレベルに

近づきつつあった。

電車の中でも混雑する中、忍足が、不二をかばう様に他の乗客との間に立ちはだかる。

出番も立場もないまま、跡部は目的の場所へと向かうのだった。

街中を歩きながら、忍足は、自分は絶えず車道側を歩きながらも、人ごみから巧みに不二をフォローするように

エスコートしていた。



跡部は、だんだん居たたまれないような気分になっていき、心の奥が、柄にもなく泣きそうになるのだった。



あまりの様に、言葉を吐く気も失せ、思考回路も徐々に停止していく、

とりあえず、何も考えられないまま、二人の後ろをただただついていくだけだった。






本屋に着くと、三人は、クモの子を散らしたように目的の場所へと黙ったまま進んだ。

写真集のコーナーへ向かう不二に、ラブロマンス系の小説を探しに行く忍足、原書コーナーへ向かう跡部。

ごちゃごちゃと、落ち着かない本屋の中、跡部の周りだけは、空間が凍ったようになっていた。








お気に入りの詩人の原書を手に、暫く目を走らせていた跡部の横に、気配を消していたらしい

忍足が突然現れた。



「!」僅かに驚いた反応を見せた跡部に

「見たいもん見たし、先に帰るわな」と忍足は小声で言った。

「ん?」不思議そうな跡部に

「十分楽しませてもろたし、なんやお前、いつにのぉ、お疲れみたいやからな・・・」

と、忍足は、声のボリュームを抑えたまま言った。


「はぁ?」

「嫉妬に狂うお前の殺気は、なかなかのモンやったわ。愛やな〜愛。」不敵に笑う忍足に

「テメーっ、知ってて・・・」跡部は、つかみかかりそうになりながら言う。

「おいおい、ちょっと待ちぃや」

「んだよ」

「なんや勘違いしとるみたいやから、上手いことやれよ」

「・・・勘違い?」

「お前は、気ぃ使ぉとるつもりでも、それが伝わらんこともあるっちゅーこっちゃ」

あとは自分で考えや・・・と言って忍足は、跡部の肩をポンポンと軽く

叩くと、軽く片手を挙げて帰って行った。

跡部は、訝しそうな顔をしながらも、手にしていた本を元の場所に返すと、不二がいるだろう

場所へ向かってゆっくりと移動した。




このところの、お気に入りの場所がたくさん収められている写真集を、心奪われたように

見入っている不二の傍に、跡部はゆっくりと近づいていった。





古びた街・・・独特の建物が一見無造作のように見えて、美しく町並みを成している。

公園に点在する彫刻は、奇妙な形や色・・・けれど、一度見たら忘れられないような

不思議な魅力をもっていた。

それを作った彼が手がけていた、今だ未完成の巨大な建物・・・



そしてもう一人・・・

類まれな才能で、写真かと見まごう程の画力ながら、現実離れした構図・・・

その彼の作品が、数多くおさめられている建物を紹介したページ・・・



傍に寄る跡部の気配も分からないほど、不二は没頭するように見入っていた。





『どいつもこいつも、紙一重っていうけど・・・まったく・・・』

跡部は、心の中でため息を吐きながら、紙一重で天才と称えられ、

浮世離れした常識を逸脱した、過去の偉人たちの歴史を振り返りながら

どこかそれとダブルところがある恋人を思うだのった。







「んな見たけりゃ、連れてってやる」

静かに吐かれた跡部の言葉に、不二は心底驚いたように体をピクリと反応させた。





「・・・驚かせるなよ・・・急に・・・」キッと跡部を睨むように、手元の

写真集から顔を上げて、不二が言った。

「世界に入り過ぎなんだよ」ムッとしたように、跡部は不二に返した。

「悪かったね」と言う不二が手にしている本を、跡部は取り上げた。

「あっ!」と言う不二の腕を掴んで、そのままレジへと向かった。






「頼んでいたモノを引き取りに来た」

跡部は、唖然としてる不二を尻目に、勝手に不二の名前を告げた。

店員が、不二が注文していた写真集を出すと「これもだ」と言って、

手にしていたさっきまで不二が見ていた写真集を差し出し、

とっとと、会計を済ませたのだった。




「ちょっ・・・」何か言いたげな不二を、跡部は黙って腕を掴んだまま

引き連れた。

跡部は無言で歩きながら、片手で携帯を取り出し、何やらメールを打っていた。

不二は、跡部に引きずられるままについていった。






少しばかり歩いた先の路地を曲がり、坂を上がると、そこには鄙びた教会があった。

建物は古いが、重みのある歴史を感じさせる佇まいに、不二はさっきまで見ていた

写真の中の風景が、重なるような気がしたのだった。

『こんなところに、こんなのがあったんだ・・・』ぼんやりと考えている不二を連れて、

跡部はそのまま、ツカツカと門をくぐり、教会の扉を開いた。

静かな中に、その時には、誰もいなかった。

傾いた夕日が照らすステンドグラスを通した光が、酷く神秘的で不二は息を呑んだ。

そのまま祭壇の前まで行くと、跡部はようやく足を止めた。



「え?」と跡部を見上げる不二の腰に手をまわすと、跡部はそのまま引き寄せて

顎に手を当て、ゆっくりと引き上げてキスをした。






それはまるで、結婚式の時の、誓いのキスのようだった・・・





うっとりと、それでも、驚いたような顔をする不二を抱きしめたまま、

跡部は祭壇の前の大きなクロスに向かって





「こいつは俺のモノで、俺はこいつのモノだ。

俺は、こいつのためだけに生まれ、存在し続ける。

そして、必ず、幸せにすると誓う。しっかり見届けやがれ」

と、はっきりとした口調で言った。




「跡部・・・」

不二はそんな跡部を見て呟くと、それからの言葉を言うことが、できなくなってしまった。

無言の不二の頬に、涙が一筋、伝い流れた・・・



跡部は、ふっと微笑むと、その涙を指で拭って、再びキスをした。









教会を後にした二人の前に、跡部家の黒塗りの車が止まっていた。

跡部が、さっきメールをしたのは、きっと車を呼ぶためだったのだろう・・・

不二は、跡部のそんな細やかな気遣いに、跡部の優しさと愛情を、感じるのだった。








「別に俺は、お前を放っておいたわけじゃねぇ・・・無理させるのが、嫌だっただけだ」

車の後部座席に並んで座り、跡部邸へ向かう途中、跡部に買ってもらった

写真集を開いていた不二に、跡部は前を向いたまま静かに言った。



「ん・・・ごめん」不二は、項垂れて呟くように答えた。






「今度は、そこでお前に誓ってやる」

開いたページの大聖堂を、目線で指しながら跡部は言った。

「お前が納得するまで、俺は何度だって誓ってやるし、

必ず、その誓いを果たしてやる」



彼は、やると言えば、きっとやるだろう・・・

不二は、「ありがとう」と小さく呟き、頷くのだった。








不二の才能

不二の狂気

それは、紙一重かもしれない




けれど、その不二を想う跡部の内に秘められた情もまた、

狂気と紙一重なのかも知れない





どちらかが、その一重を超えてしまうなら、

きっと、どちらもが、

自分の中のそれを、迷うことなく超えるだろう







それほど

狂おしいほどに







愛してる・・・






どんなモノに例えることも、比べることもできないほど

強く深い

二人の想い
















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