未来-3-
跡部の部屋に着いて、二人は軽く食事をした。
「風呂・・・行け」
「お先にどうぞ。僕は後でいい」
「はぁ?」
「明日、英語のテストがあるんだ。見直しくらいさせてくれ。
先に入ったら眠くなるだろ?」
「無駄な事を・・・十分、楽勝のくせしてよ」
「油断大敵って言葉。知ってる?」
「は?」
「跡部っ」
参考書から顔を上げずにぴしゃりと言う不二に、跡部が肩を竦めながら答えた。
「だぁーっ、・・・ったく」
「ごゆっくり」
自分に見向きもせず、片手だけ上げた手のひらをひらひらとさせられ、
跡部は諦めたようにため息をついて、不二の元から離れた。
何かをするときの不二の集中力は凄い。加えて頑固。
何人たりとも立ち入れないオーラが出るのを跡部は知っていたので
それ以上は何もいえなかった。
常に学年でも成績はトップクラスの不二に、『何を今更・・・』と
跡部は心の中で一人ゴチるのだった。
「おい」バスローブ姿の跡部が戻ってくると、
「あぁ・・・僕も今、丁度終わったところだ」不二はそう言いながら、
跡部の部屋に置かれた自分用のクローゼットの中から着替えを取り出して
ニコリと笑みを向けてから「じゃぁ」と出て行った。
跡部はミネラルウォーターのボトルを片手に、ソファに腰を下ろした。
少し口に含み、喉を潤しながら、ソファの脇で、ふっと開いている不二のカバンを覗いてみた。
中にはいくつかの封筒が入っていて、よく見ると、それは何校かの推薦入試案内だった。
中には不二の父親の赴任先である外国のクラブのものもあった。
ちっ・・・舌打ちをして、小さくため息をつきながら、跡部はソファにぐっと沈み込んだ。
いつくかあった、それらの中に、氷帝のものは無かった・・・
「マジかよ・・」
言いようのない感情が胸に去来する。自制するのが辛かった。
中学の進路を決める時の悪夢が頭をよぎる。。
脱力したように、跡部は天井を仰いだ。
「待たせたね」
頭にタオルを乗せて拭きながら、不二が戻ってきた。
「ん?」と不二の方を見る跡部に
「で?僕に何が言いたいわけ?」と、柔らかく微笑んで尋ねた。
「はぁ?なんだよ・・・」
見透かされたような一言に、一瞬戸惑いながらも、跡部は冷静に答えたつもりだった。
「クス。ほんとに昔っから嘘つくのが下手だね」
「は?」
そんなことはない、俺は昔から嘘と言い訳をさせたら日本一といわれてたんだ
確かにこいつだけには通用しなかったけど・・・跡部は心の中で繰り返した。
「いいからさ、ちゃんと言ってみなよ」
下から甘い声で顔を覗き込まれて言われて、跡部も観念したように言った。
「誤魔化しはなしだぜ?」
「あぁ」
見詰め合って、しばしの沈黙の後、
「進路どうすンだ?」
「あぁ・・・それか・・・」一瞬不二の顔が曇った。
「おい」
「あぁ・・・分かってる。」そう言ってすっと立ち上がり、
不二は跡部の脇を通りすぎて、大きなベッドに腰を下ろし、
跡部はそれを目で追った。
「ん・・・沢山ある中の、どの道を選ぶか・・・正直、決めかねている。
高校生活を楽しむだけなら、このまま高等部に上がればいい。皆もいるし。
でも、テニスを続けていくのなら、手塚はアメリカへ行ってしまうし、越前だって居ない。
海外のクラブや、父さんの居るアメリカに留学って魅力的な話もあるけど
まだ、日本で過ごしたいって気持ちがあって、直ぐに頷くこともできない。
千石や佐伯からも、一緒にどうかって、言ってもらってるけど、それさえ、
イマイチ踏み切れないし・・・
いろいろ考えると疲れちゃって、テニスを続けるのかどうかも最近微妙になってきてる。
僕の未来はどこにあるんだろうって・・・早くそれを見つけない限り、
僕はどこにも進めない・・そんな感じ。嘘偽りない今の僕のね・・・」
そう言って、少し憂いを含んだ笑みを不二が浮かべた。
ふん・・・と、跡部は一頻り唸ってから、ゆっくり立ち上がると、
じっと不二を見つめたまま近づいていき、不二の隣に腰を下ろした。
「で?お前の選択肢の中に、氷帝ってのはねぇのか?」
「え?」
「え?じゃなくてどうなんだよ」
「氷万年補欠でもいいって思えたらな・・・」不二は跡部を見ずに苦笑いをした。
「は?バカか?お前・・・何を寝ぼけたこと言ってんだ、アーン?」
「悪ぅございましたね」
少し笑ってから不二はぽつりと呟いた。「でも、意外だった。君からそんなことを尋ねられるなんて」
「どーゆー意味だ?」
「我関せずだったじゃなかった?」
「ちげーよ、お前がこのテの話避けてたんじゃねーか」
揺ぎ無い瞳で跡部にじっと見つめられ、不二は少し寂しそうな表情をした。
「そりゃあね・・・跡部と一緒が一番だって分かってる。けどさ・・・
何て言うかな・・・氷帝行って、もし、君と何かあったとしたらさ・・・
僕はもう、テニスどころか、学校にさえも行けなくなるだろ?
正直怖いよ・・・ま、これが僕が氷帝を避けてる一番の理由かな」
「アーン?」一瞬跡部が止まった。
「くだらねぇ・・・」吐き捨てるように言う跡部を、不二は少し傷ついたような顔で
見つめたのだった。
「君にとっては、くだらないことだろうけど、僕にとっては、そうじゃないんだ。
これでも、僕なりに今までずっと、真剣に悩んできたんだ。それを・・・酷いんじゃないのか?」
泣きそうになっている不二を、跡部はさっと抱きしめて、優しく語りかけた。
「悪かった・・・けどな・・・不二・・・誰がなんと言うと、何があろうと、
俺は絶対お前を離さねぇ。お前が今、不安に思ってることは、有り得ねぇことなんだ。
これから先、お前に辛い寂しい想いをさせたりしねぇし、お前を必ず守ってみせる。
これは、別に俺がお前のことを女扱いしてるとかそんなんじゃない。
ただ・・・お前を愛していて、お前と一緒に生きたいと思うからだけだ。
そのためになら、俺はどんなことだってやってみせる。ガキの頃からずっとそうだったろ?
実際、お前が青学を選んだときは、俺は自分がおかしくなるんじゃないかってくらい
悔しかったんだぜ・・・お前に思うように逢えねぇ、触れられねぇ・・・
あんな思いは二度とゴメンだ。伊達や酔狂じゃねぇ・・・俺は真剣にお前を愛してる。
だからな・・・起こるはずもないことグチグチ一人で勝手に考えてんじゃねぇよ・・・」
「跡部・・・」跡部を見上げる不二の瞳は揺れていた。
「俺自身に誓い、俺の名誉に賭けて約束する」
「・・・ん・・・」
「離れていた間の過去に不安を感じるのは、何もお前だけじゃない・・・
お互い様ってもんだろ?・・・けどよ・・・今の俺達はもう、あの頃とは違う。
もし、これからお前が、また不安になっちまうようなことがあったら、
そん時は、ちゃんと俺に言え。何もかもだ。黙って、誤解したまま、自己完結したり、
俺の前から消えるようなことは絶対ぇ許さねぇ。お前の腹ン中のモンを、全部俺にぶちまけろ。
それから、俺の話を聞け。俺が、お前の全部をひっくるめて受け止めやる。
ありのままのお前を愛してやる」
跡部らしい、跡部なりの思いの丈に含まれた思いを不二は強く感じながら、幸せだと思うのだった。
跡部は不二の肩に手を置き、じっと目を見つめて言った。
「俺が今、言ったことに嘘はねぇ」
「ん・・・」
「まだ何か足りねぇことあるか?」
「いや・・・十分だよ」
「じゃぁ、来い。不二・・・お前の未来は俺にある」
「あぁ・・・そうだな・・・跡部」
そう言って跡部を見上げる不二の瞳には安堵感と清々しさが感じられた。
跡部はこれほど愛しいと思える者がこの世に存在するのかと思えるくらい、
目の前の不二のことで胸が一杯になる・・・それは、生まれてこの方、
不二以外に感じたことのない思いだった。
「とりあえず、名前だけ書いとけ。それで合格だ」
「クス。それが通用するのは、跡部景吾くらいだよ」
「言ってろ・・・」
「もう・・ん・・」
跡部の唇が不二の唇を優しく塞ぐ。
「不二・・・いいか?」いつになく、少しばかり遠慮がちに尋ねる跡部を
「・・・え?」と、不二が不思議そうな顔で覗いた。
「テストとか言ってたろ・・・」そう言いかけた跡部の唇を、不二が自分のそれで塞いだ。
「いいよ・・・テストは腰でやらないし・・・」
「ふんっ・・・お前も言うようになったな。じゃ遠慮なく・・」
「愛してる・・・跡部・・・」
「あぁ・・・俺も・・・」
跡部が不二の体にそっと手をまわして、被さるようにそっとベッドにその身を
沈めた。
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