未来-1-
放課後、図書室で調べ物をしている跡部の対面の席に座っていた忍足が、
それまでの沈黙を破り、独り言のように、しみじみと呟いた。
「人は変われるもんやねんな〜」
他に人はいない。
「はぁ?」と一瞬、綺麗な眉を吊り上げて忍足を睨んでから、
跡部は「ふんっ・・・」と再び目線を手元の本に戻した。
「なぁ」と、忍足は今度は跡部に同意を求めるように声を掛ける。
「はぁ?」跡部は不機嫌そうに顔を上げて、忍足を見た。
「お前のこっちゃ」跡部をじっと見つめて言う忍足に
「はぁ?」と跡部はもう一度呆れたように言った。
「惚れた弱みっちゅーの?本気なんやろ?不二のこと」
不敵な笑みを浮かべて言う忍足に、跡部はようやく、忍足のネタフリが理解できたように
小さく息をついた。
「あぁ。悪いか」再び手元の本に視線を戻し、跡部は言った。
「天下の跡部景吾がなぁ・・・」試すような忍足の口調に
「ウゼェ・・・」跡部は顔も上げずに言った。
「で?進路決まったんか?あの子」不機嫌オーラ全開の跡部にも構うことなく
忍足は会話を続けた。
「さぁな。お前に関係ねぇだろ」
「そうでもないで」
挑むような目でニコリと笑う忍足を、本を置いた跡部がちらりと睨んだ。
「お〜こわ。」茶化すように言いながら、忍足は苦笑いをした。
「お前が変なことを言うからだろーが」
「何でやねん、もぉ・・・なんかムカつくなー、自分。
俺は心配したっとーねんで」
「んだよ?」跡部はやってられないとばかりに、本に視線を戻し、
ペンを手に、調べごとのメモを取り始めた。
「あの子が高校をこっちに来るんやったら、それがベストなんやろけどなぁ〜。
なんせ、お前の目かてあるからな。他の奴も手は出しにくいやろうけど、
あのまま内部推薦でエスカレーターしてもたり、他のとこ行ってしもたら、
モテモテのあの子のことや、どないなるか分からんやろ?」
「余計なお世話だ」
「ほんま素直やないな。まぁ、ええわ。
そろそろ外部推薦の申し込みが締め切りやよってな。
早いうちに二人でよぉー話し合いしとき」
「あぁ」
「ほんまにあの子を誰にも渡したぁないんやったらな。
言うとくけど、越前に手塚に千石に佐伯に限らず
お前の後釜狙とるヤツは、わんさかいてるやろ。」
「一番ヤバそーなお前が言うな」
「ハハ・・・バレとるし・・・まぁそれはそうと、
マジで他の学校から結構な誘い、かかっとるらいしいやん」
「なんでテメーが、ンなこと知ってんだよ」
一際大きな声を上げる跡部に、すっと立ち上がった忍足が身を乗り出し、
ポンと肩に手を置いた。
「負けず嫌いのお前が、いろんな留学断ったて聞いてな、何や調べたなったんや。
侑士君の情報網は、なめたらあかんで〜。案外世間は狭いんや・・・
物に執着せぇへんお前が、唯一手放したぁないモンがあの子なんやろ?
それやったら、一文の得にもならんような、しょーもないプライドは捨てて、
素直にあの子に自分の気持ち言うてみ?
距離を作るっちゅーことは、リスクが伴うんやで・・・
一遍痛い目に遭うたんとちゃうかったんか?
俺に言われんでも分かってると思うけどな・・・
俺の言いたいことは、それだけやから帰るわ。ほならな」
ポンと跡部の肩を叩いてから、不敵な笑いを残して忍足は去って行ったのだった。
「テメーに言われるまでもねぇよ・・・」
忍足の背中を見送りながら、ため息まじりに跡部は呟いた。
言われるまでもなく、最近その事で悩んでいたのは事実だった。
いつかは祖父が率いる財閥を後継しなくてはいけない。
が、文武両立を徹底することで、学生の間は思うようにやっていた。
将来を見据えての語学留学、そして、全国区の実力を持つテニスの腕を
買われてのテニス留学と、多方面からの多くのオファーがあったのだったが、
「やり残したことがあるから」という理由でその全てを断り続けていた。
確かに「全国制覇」という目標を達成できなかったことも「やり残し」の一つの理由ではあったが、
本当のところは不二の傍に居たかった。
不二にも海外からの誘いがあり、それを断っているようだったのを
跡部は耳にしていた。が、本人がどうしたいのかを分からないまま
今に至っていた。
物心つく前からずっと一緒が当たり前だった二人が別々の中学に進み、
それぞれ別々の三年間を送り、別々の友人と日々を過ごし、
それぞれに彼氏や彼女ができ、お互いが知りえない思い出を残してきた。
中三の半ばを過ぎた頃、ようやくお互い自分に素直な気持ちで
相手の全てを受け入れた上で、本気で付き合うようになり
やっと生活が落ち着いてきたところだった。
お互いの想いは、はっきりしているので、二人で居ればそれなりに
甘甘な時間を過ごしていたが、一番肝心の進路に関しては儘ならない状態だった。
それとなく話を切り出してみても、核心に触れることが跡部には出来きなかった。
もし核心に触れて自分の願いを伝えても、万が一拒否されたら。
そう思うと、どうしても譲れない自分自身のプライドが、二の足を踏ませていた。
幼い頃から不二に関すること以外は、何でも自分の思い通りに事が運ぶのに、
こと不二のこととなると、ほんの些細なことでも決して一筋縄ではいない。
中学進学の時のトラウマが跡部を苦しめた。
「ちっ」ポツリと呟き跡部は立ち上がった。
「俺もどうかしてるよな・・・ったく、らしくねぇや・・・」
とため息をつき、調べ物を辞めて、鞄を手にしたのだった。
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