key person
不思議だと思った。
なんてことはない瞬間・・・
でも・・・ふっと、冷静に考えてみると・・
それが、不思議なことだと、気づいた。
4校時の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「おっ、メシ、メシ〜」
さっきまで、授業中に爆睡していたはずのジローが、真っ先に立ち上がって、
鞄から弁当箱を取り出すと、その勢いのまま、教室を飛び出した。
目をきらきらさせて、脇目も振らず、目指す場所へと進んでいく。
途中、同じように、弁当箱を抱えて、教室から出て来た向日と宍戸と共に
目指す教室へと向かう・・・
毎日、恒例のように繰り返されている光景は、他の生徒達にも、馴染みとなっていた。
「おっ!お待たせ〜〜っ!」
元気な笑顔で、全く違うクラスの教室へ飛び込んで行くジロー。
「やぁ、いつも早いね」教室の一角に綺麗な笑みを湛えた不二が、ジローに向かって
優しい声を掛けた。
その脇では、椅子に踏ん反り返ったままの跡部と、周囲の机を寄せ集めている忍足。
2年に上がってから、この光景は日課となっていて、彼らのために、彼らの席の近くになった生徒達は
進んでそこを空けるようになっていた。
ガガーーっと音をさせて、忍足を手伝いながら、ジローは相変わらず座ったままの跡部に
「ちょっとは、お前も手伝えよーーー」と言うのだ。
「うるせぇ」
「まったくさ!わがままなんだからな!!」
不二は、そんな様子を、楽しそうに眺めていた。
場も出来上がり、さぁ・・・と言った時に、不二が「先にどうぞ」と一言言って、教室を出ようとした。
「え?どうしたのさ?不二」ジローの問に
「ん・・・」と答えかけた不二を遮って、さっきまでの重かった腰をすっと上げた跡部が
「行くぞ」と不二の横に立った。
ん?と一瞬驚いたような顔をした不二は、スグに嬉しそうに微笑むと「うん」とそれに従った。
「え〜〜っなんだよ!!」後を追いそうなジローを
「ええから」と忍足が止めた。
「食うぞ」宍戸の声に
「いっただき〜」と、向日が元気に割り箸を割った。
「悪かったね?付き合わせて」
廊下を歩きながら、不二は隣の跡部に言った。
「別に・・・それを言うなら、俺のほうだろ」
「クスっ・・・自覚あるんだ?」覗き込むような不二に、跡部は気まずそうに、一瞬顔を逸らした。
学園のアイドルとカリスマが並んで、購買部の前に現れると、周りの生徒達がにわかに色めき立った。
溜息と、羨望の眼差しの注がれる中、不二は、ゆっくりと弁当売り場の前に進んでいく。
と、跡部も黙ってその後ろについていった。
「どれにする?」
「お前が選べよ。俺はなんでもいい」
「じゃぁ、このチリドック」不二が、ふっと楽しげに笑いながら、跡部を見た。
「お前なぁ・・・」苦虫を潰したような顔をする跡部に
「うそだよ」と、不二はおかしそうに笑った。
「ったく・・・とっとと選べよ」
「了解」
不二は、個数限定の松花堂セットを手にし、会計を済ませると。一足先に後ろに下がっていた
跡部の元へ急いだ。
有名料理店が出店している氷帝のカフェテリアと弁当売場は、一般の生徒からすれば十分な
ほど恵まれているものだった。が、跡部は中等部の頃は、跡部家おかかえのシェフによる
ランチを特別に口にしていたし、高等部になってからは、不二がずっと一緒なので、主に持参の
弁当で済ませることが多く、購買部を利用することは、ごく少ない機会だけだった。
それだけに、購買部へやってきていた女子生徒達は、不二と跡部の貴重なツーショットの、予想外の
登場に驚きと幸運を感じるのだった。
「にしてもさ・・・」おかずを口に放り込みながら、不服そうな様子のジローに
忍足は苦笑いをしてから
「今日は、あいつら何も持ってきてへんのや」と説明をした。
「え?珍しいな・・・だったら、学食行ったのにさ」
「言う前に、お前が飛んでくるやろ?」忍足は笑って言った。
「んじゃ、購買部か?」向日が言うと
「今頃、大騒動になってんじゃねぇ?」と宍戸が苦笑いをした。
「あの跡部がなぁ・・・」向日がしみじみ言う。
「持参弁当ってのも今でこそ、当然になってるけどな・・・購買部だぜ?」
と宍戸もそれに続けた。
「っちゅーかな・・・俺らもちゃうか?」忍足の一言に皆が「ん?」と言った。
「毎日毎日、こないして集まって、メシ食っとるねんで?中等部じゃ有りえへんかったことやろ?」
「ほんとだ」
「だな・・・」
向日と宍戸が声をそろえて頷いた。
「不思議だよな」
「だな・・・」
「せやろ?」
と、ジローが、いつになく落ち着いた声で「当然じゃん」と一言言った。
「え?」とジローに注目する面々に「不二がいるからに決まってんじゃん」
バカだな。お前ら、そんなことも気づかないの?と言うと、ジローは再び弁当箱に箸をつけた。
「なるほどな・・・」
「ほんまやな・・・」
我に返った面々の前に、ようやく弁当を抱えた不二と、袋を提げた跡部が戻ってきた。
「お待たせ」にこやかな不二の笑顔に、何故かほっとする一堂。
「混んでたか?」
「さぁ・・・案外、すぐに買えたけど」だよね?と不二は跡部を振り返った。
「あぁ」跡部はそれだけ言うと、手にした袋をドサッと机の上に置いた。
「ん?」皆の呟きに
「みんなの分のコーヒー。買ってきたよ」と不二が言った。
「すまんなぁ」
「わりぃ」
「サンキュー」
「あんがと!」
それぞれが不二に礼を言うと
「跡部のおごり」と不二が笑って答えた。
と、皆が跡部に注目をする・・・
そこには、気まずそうに踏ん反り返った跡部がいた。
「ほら、食べようよ」
不二が出した弁当を見て
「え!これ買えたのか?」
向日が、驚いたように声を上げた。
「え?どうかした?」
「これさ・・・限定弁当だぜ」
「あ・・・俺も知ってる。よっぽどじゃねぇと、買えねぇんじゃなかったか?」
宍戸も言った。
「そうなんだ?」
「お前さ・・・」と、きょとんとしている不二を見て、跡部が苦笑いをした。
「ん?何?」
「周りの奴らが引いていってたの、気づかなかったのかよ」
「え?」
あまりの神々しさに周囲が、ささぁ・・・っと潮のように引いていく・・・
それは、まるで、真っ二つに分かれた海の真ん中を、モーゼが歩くが如くの絵だった。
ははっ・・・あまりにもその絵が分かりすぎるくらいに分かる面々は、声にならない
笑い声を上げた。
「もしかして・・・順番・・・抜かしちゃった?」不二の声に
「いいんだよ!!」とジローが返事をした。
「え?」と言う不二に、
「ほら、早く食べなよ!」と待ってましたとばかりにジローが言った。
「うん・・・そうだね」何故か納得したような不二に、思わず周りも
「そうそう」と心の中で呟いたのだった。
「で?なんで今日は、弁当なしだったの?」食後のコーヒーを飲みながらの、ジローの一言に
『あかんて!!』と、忍足は心の中で、大きな声でつっこんだ。
暗黙の了解・・・
『なんで破るかな・・・』盛大な溜息をつけど、時既に遅し。
「ん?寝坊したからだよ」不二はニコリと微笑んで答えた。
「不二が寝坊しても、跡部んちのお手伝いさんがいるじゃん?」
「うちがまた、誰も居なくてね・・・昨日から、僕んちで、二人で留守番してるんだよ」
「そうなのか・・・」
「うん」
「今日も?」
「うん・・・でも、今日は早く寝るよ」
「うん。そうしなよ」
二人の会話の横で、跡部は眉間に皺を寄せたまま、ジローを射抜くような視線で睨みつけていた。
が、不二とのおしゃべりに夢中になっているジローが、それに気づくはずもなかった。
「寝られへんな・・・今日も」
「あぁ・・・無理だな・・ありゃぁ・・・」
「ご愁傷さまだな」
忍足、宍戸、向日の三人は、コソコソと頭をつき合わせて、しみじみ口にした。
そしてまた・・・
繰り返される昼時の光景・・・
翌日は、寝坊しながらも、なんとか跡部も手伝って、持参弁当を用意することができた二人。
同じように集まりながら、皆それぞれが思ったこと・・・・
なんだ・・・そうなのか・・・
たった一人の存在が
こんなにも、皆を強く結びつける
たった一人だけれど
その一人が重要なのだ・・・
そして、広がるこの空間が、とても居心地いいということ
ブラウザの「戻る」でbackしてください