distanceA
現地での二人の合流という、跡部から提示された条件を、どうにかクリアさせるために、
不二は翌日、業務の大半の時間を、スケジュール調整に費やさなければなからかった。
無駄なく、無理なく、円滑な業務活動の為にと、段取りで走り回る不二を、
跡部も黙ってそれに従い、フォローしてくのだった。
段取り的には、なんとかなりそうだと判断した不二は、その翌日から、
泣きそうな顔で訴え続ける鳳に、問答無用のオーラを見せ付け、淡々と指示を与えていった。
泣き言、縋りつき、一切合財を許さない、不二の無言のプレッシャーに、
鳳は、徐々に覚悟というものを、していくのだった。
「頼もしくなってきたわね・・・」ちらほらと囁かれる噂を耳に、跡部一人が
「ふんっ・・・まんまとあいつの、思うツボじゃねぇか・・・どいつもこいつも、バカばっかりだな」
と苦笑いをしていた。
そのとおり・・・全ては、不二の思惑通り。
蒼雲の依頼を引き受けて帰ってきてから、既に、不二にとっては、カウントダウンは始まっていた。
泣かれようが、喚かれようが、時間はどんどん過ぎていく。情けや容赦で手加減を加えていられる
状態ではないのを、不二自身が、一番よく分かっていた。
鳳に、反論の余地を許さず、引継ぎを詰め込んでいくのも、不二の作戦のひとつに過ぎなかった。
業務を引きついでいくに従って、鳳は、不二に対する、尊敬や敬愛といった思いを超越した、
何か神を信仰するような感情が、強くなっていく。
信じられないほどの、重要で多くの業務を、不二は一人で仕切っていた。
個々の取引先に対する、キメ細やかなデータと対応。それが機械でなく、彼自身の頭脳にきちんと
集約されていて、有効に活用されていた。
今日一日に関する、こと細かなスケジュールに、何年も先に対する、広い視野と計画性。
あの跡部が、あれほど執着し、固執するのが、手に取るように、鳳には理解できた時間だった。
「前半は、僕が居なくても、跡部が居るから、どうにかなるとして、
問題なのは、僕らの両方が、不在になる後半だな」
目の前の鳳に対して、不二は、ずばりと言った。
「指示は、僕が向こうから、逐一、出すわけだから、長太郎君は、それをきちんと聞いて、
やってくれれば、慌てふためくような事態には、ならないと思うけど・・・」
と、不二の言葉を聞いても、尚も不安そうな顔をする鳳に、不二がついに動いた。
パシンっ
「えっ?」秘書室内の誰もが、鳩が豆鉄砲を食らったように、驚いた瞳を、二人に向けた。
呆気にとられているままの鳳に
「いい加減にしな。」
と、不二は、凛とした声で言った。
「生真面目で、正直で、心配りが行き届いてて、何事にも手抜きをしない・・・
それが、鳳長太郎のいい所。まだ、やってもみない事に、不安に顔を曇らせて、
オドオドするのは、本来の君じゃないはずだ」
厳しい声で告げる不二の前で、鳳は、大きな体を小さくして、申し訳なさそうに
項垂れていた。
「どんなに、君自身がダメだって思っても、僕は、君を信じてる。
僕にとっての鳳長太郎は、そんな存在であるように・・・僕は今まで、
君と仕事をしてきたつもりだ。手加減なんて、一切加えてないつもりだよ。だからさ・・・」
不二はそう言ってから、鳳の肩に手を置いて、「大丈夫だから。絶対」と包み込むように、
優しい声で言った。
「不二さん・・・」今にも泣きそうな鳳だったが、その顔には、さっきまでの憂いはなかった。
「試してみるといい。君が、ここへやって来てから、何を得て、どこまで成長したかを」
「はい。俺・・・精一杯、やってみます」
「うん。そうでなくっちゃね」不二は、嬉しそうに微笑んでから
「じゃ、続き・・・いくよ?」と鳳を促した。
「はい」
不二の後に続く鳳の姿は、どこかしら背筋が伸びて、大きく感じられたとか・・・
その夜、帰宅してから、跡部に不二は「お前はいつから、あいつの母親になったんだ?」
と、苦笑いをしながら呆れたように、言われたのだった。
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