distance@
ATOBE group
世界屈指のコングロマリット・・・
その心臓部といえる、日本本社ビルの上階にある、一際セキュリティの行き届いたフロアの、
最奥にある重厚な扉の向こう・・・
「はぁ?」
と、突然、その静かな社長室に響いたのは、若き社長、跡部の素っ頓狂な声だった。
「跡部?」
大きなデスクの前に、すらりと立った、秘書であり、幼馴染であり、パートナーでもある
人物からの、嗜めるような声がそれに静かに続いた。
「ふんっ」
と跡部は立ち上がっていた体勢から、後ろの椅子に腰を下ろすと、肘をついて、
拗ねたような顔で、デスクの傍らに立つ不二を睨み上げた。
「・・・・で?まさか了承してきたんじゃねぇだろうな」
最悪の不機嫌さ含んだ、唸るような低い響きの跡部の声・・・
普通の者なら、ヘビにでも睨まれた蛙のような状態になるだろうオーラだったが、
そんな跡部を、不二は見下ろしながら、少しも動じることもなく、
「してきたから、こうして話をしてるんだ」と、楽しむように、悪戯っぽく笑ってみせた。
「ンだと?!」跡部が、再び立ち上がると、
「跡部?」落ち着きなさ過ぎだよ。と、不二は再び嗜めたのだった。
「お前、今の状況を解ってて・・・っンなふざけたこと・・・言ってんじゃねぇよ!」
天下の跡部グループの、若き総帥である跡部景吾。自分達のおかれている現状は、
秘書の不二同様に、よく理解しているはず。秒刻みのスケジュールを緻密に組んで、
つつがなく業務を遂行させているのは、不二自身だった。それを・・・何を言い出すのかと、
跡部は不二の言い放った爆弾に、再び怒りと驚きを露にしたのだった。
「僕は、自分が4〜5日くらい抜けたからって、どうにかなるような布陣を、敷いてるつもりはない」
後輩の鳳を部下に迎えてから、不二はしっかりとした指導をしていた。
半年前の事件など、色々あったが、なんとか鳳は、彼なりに跡部と共に、窮地を乗り越えることだって
できていた。手抜かりはない・・・不二は、自分の采配に自身を持って跡部に言った。
「んな問題じゃねぇだろ」
「問題も何も・・・いいじゃないか・・・長太郎君の腕の見せ所ってことでさ。
第一、此処に居ないだけで、ちゃんと指示は向こうから出すんだし、
駄々っ子みたいなことばっか・・・いい加減にしなよ」
「いい加減にするのは、お前の方だろ。」
「・・・なら、君が代りに行ってくれるんだな?」
不二は、とうとう呆れ果てたような冷たい視線を向けて、跡部に言った。
「なっ!・・・」
「それとも、代わりに君が、蒼雲さまが納得されるような人選を、してくれるっていうのかい?
だったら、僕も黙って君の指示に従うさ」
跡部は、湧き上がるいくつもの言葉を飲み込んで、諦め果てたように、どかりと椅子に身を沈めた。
「このところ、頭打ちしてる向こうのテコ入には、タイミング的にも、丁度いいだろ?」
不二は、宥め賺すように、跡部に言った。
不二は、跡部の祖父である蒼雲からの依頼で、渡米をすることを引き受けたのだ。
通常なら、丁重にお断りをするところだし、蒼雲も野暮な依頼をすることもないはずなのだが、
どうしても、今回の件には、不二という存在が必要と考えての依頼だった。
不二の方も、運営方針がマンネリ化している現地に、機会をつけて、
喝を入れに行きたいと思っていた矢先だったので、渡りに船とばかりに、思惑が重なったことから、
話を決めて、跡部に告げたのだった。
「・・・ったく・・・好きにしろ」とうとう跡部は、根負けして、拗ねたように言って、
そっぽを向いてしまった。
「もぉ・・・」不二は、困ったように苦笑いしてから、そっと跡部の後ろに立つと、
身を屈めて手を回し、優しく抱きついた。
「ごまかすな」跡部は、ムッとしたまま言うが、不二の手を、振り解こうとはしなかった。
「君の気持ちは嬉しいよ・・・」
半年前の、あの事件を憂慮しているだろう跡部に、不二はそっと告げた。
「君の、納得のいくセキュリティをつけるからさ」
耳元で囁く不二の頭に手をやって、跡部は「ばーか」と小さく呟いた。
「跡部?」え?と言う不二に
「俺様の、納得いくお前のセキュリティーは、俺自身だ」跡部は、前を向いたまま言った。
「跡部・・・」不二は、泣きそうな顔で、嬉しそうに微笑んだ。
跡部は、背後に不二の温もりを感じたまま、手元の電話を手に取った。
『はい、鮫島です』
「俺だ・・・」
『あっ・・・景吾さん・・・周助さんの件で?』
「あぁ、そうだ・・・」
『ご承諾頂けたんですね?』
「承諾もクソもねぇだろ・・・ったく。じじぃも一緒なんだな?」
『はい、私もご同行させて頂きます』
「は?テメー一人じゃカバーしきれねぇだろ。アーン?」
『ですが、同じ轍は踏みません』
「・・・ったく、なら、テメーがチーム組んで護りやがれっ!!」
『命に代えても』
「当然だ。それから、じじぃに、こっちを巻き込むんじゃねぇって、言っとけ!」
乱暴に受話器を置く跡部に、不二はふっと嬉しそうな苦笑いをした。
「日程の中日に合流する。発つまでに、スケジュール組み直しとけ」
腕組みしたまま、跡部は憮然と言った。
「これはまた・・・ご無体なこと・・・」呟いてから不二は、困ったように笑って、
拗ねたままの跡部の頬に、チュっとキスをした。
「ハードになるな・・・死人が出たりして」笑う不二に
「んなことで死ぬような奴は、俺の下に要らねぇよ」跡部は言った。
「もぉ・・・そういう言い方・・・しないよ?」メッと言う不二に、跡部は
「るせぇ・・・」と言ったまま、そっぽを向いたのだった。
『やれやれ・・・』不二は、心の中で呟いてから、跡部の椅子をくるっと回し、
跡部の足の間に体を割り入れると、膝をついて跡部の首に手を回し、
深く強く口付けたのだった。
「んふっ・・・」漏れる甘い吐息と、絡めあう舌の湿った音が、暫くの間、
静かな部屋に広がっていた。
一通り堪能した不二は、おもむろに体を離すと『分かった?』と言わんばかりの
笑みを、跡部に向けた。
「続きは帰って・・・からか?」名残惜しそうに言う跡部に
「そうだな・・・そこの書類の処理が済み次第、今日は、終わりってことでどぉ?」
と、不二はいらずらっぽく言った。
「いいだろう」跡部は短く応えると、早速、書類の束を目の前に置いた。
不二は、そんな跡部を頼もしそうに見つめると、自分もさっと身を翻して、
部屋を出た。
と、同時に「長太郎君!」と鳳を呼んだ。
続きます。
オフ本の「孤独な月」の半年後の設定。
『事件』はその中で起こったあの事件のことです。
っていうか、オフの社会人パラレルの続編です。
ご覧になってない方も短編としてお楽しみいただけるようにするつもり。
ご覧になってる方は、その後の二人を再びお楽しみ下さい。
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