そんなアナタが好きだから
「またぁ・・・・」
一人残って、教室で日直の日誌を書いていた手塚は、眉間に細い綺麗な指が
チョンと、触れたのを感じると同時に、頭上から降ってくる可愛い声に、手を止めて顔を上げた。
「・・・なんだ・・・お前か」自分を見下ろす、綺麗で可愛い笑顔を確認して、手塚はまた日誌に
視線を下ろした。
「もぉ・・・随分だね。難しい顔しちゃって・・・みんな、怖がって帰っちゃったんじゃない?」
クスリと、楽しげな声に、手塚はそれが、自分だけに向けられていることが無性に嬉しく感じていた。
「くだらん」
「くだらなくないよ?」そう言って、不二は手塚の前の席に腰を掛けると、手塚の机に肘を軽くついて、
ちょこんと顎を乗せ、目の前のしかめっ面を覗き込んだ。
ふん・・・・と軽く溜息をつきながら、書き終えた日誌を閉じる手塚に不二は、
「ほら・・・溜息ついたら、シアワセ逃げちゃうよ?」と言った。
「そんなものは、自分の力でどうにでもなることだろう。くだらないことを言ってないで、
お前も、とっとと帰ったらどうだ?」
試験前で、部活はオフ。校内に制服はまばらで、手塚は、なぜクラスも違う不二が、
ここにいるのか不思議に思った。
「ちょっと・・・手塚君?」少し怒気を含んだような不二の声に、手塚はどきりとした。
「なんだ?」いつも男友達を呼び捨てにする不二が「君」をつけるときは、ご機嫌が麗しくない時で
去年同じクラスだった手塚は、それをよく知っていた。菊丸などは「君」付けで呼ばれた途端、
露骨に不二の前から、逃げるようにどこかへ避難するほどだった。
さっきまで、花も綻ぶような笑顔を見せていた不二の態度が急に変わって、手塚は、自分は一体、
何をご機嫌を損ねるような言動をしたのか、戸惑うのだった。
「それ、本気で言ってる?」淡々と不二に言われ、手塚はゆっくり視線を、日誌から不二へと向けた。
誰もが・・・乾までもが恐れる絶対零度の視線が、何故か自分に向けられている。
顔全体はにこやかではあるが、綺麗な瞳は全然笑ってなくて、凍てつく波動を放っていた。
知る人ぞ知る仮面笑顔・・・・
「マジ?」
「俺はくだらん冗談は嫌いだ」
「サイテー・・・」
どこか悲愴さを含んだような、不二の小さな声に、原因もわからない手塚は、
なぜ、いつものテスト期間と同じように、菊丸と帰らないのかも不思議に思いながら、
これ以上、事が拗れるのが嫌で、まともに不二の顔を見ることもできないまま、
心の中で思いっきり溜息をついた。
「絡むなら他を当たってくれ・・・」
と手塚が言いかけた瞬間・・・
パシィィィィン・・・・
乾いた音が教室に響く
何が起こったのか一瞬戸惑う手塚は、ひょこ歪んだメガネの向こうに、小走りに教室を後にする不二の背を見たのだった。
『何だったんだ・・・』心の中で呟いた手塚は、じわじわと頬に感じる熱と痛みに、
不二に張り手を食らわされたことに気づく。
そして、それと同時に、何故自分がこんな目にあわないといけないのかという気持ちと、
温厚な不二を、そこまで追い詰めてしまったことになった訳が、思い当たらない自分に、
苛立ちを感じた。
不二とは、なぜか気があって、というか気難しい手塚にとっては、世間一般の女子生徒とは、
まったく違う天然素材の不二の存在は、とてもありがたく、心地よいものだった。
お互い2年生ながら、男女テニス部の部長をつとめ、エースとしての役割も果たしていた。
無口で冗談の一つも言わない手塚が、数少ない心を許している存在といえるだろう。
モデル顔負けの格好よさで、手塚のファンは数多だった。けれど、彼はそんな周囲がキライで
いつも難しい顔をしていたのだ。
常に放たれている不機嫌オーラで、彼に憧れている女子生徒たちは、遠巻きに遠慮がちに、
彼を見つめることしかできなかった。
けれど、不二はほんわかした雰囲気で、そんなことはおかまいなしに、ほわほわとやってきては
ずけずけと、他人が言いにくいことを手塚に言い、自然体で彼の傍にいた。
そんな彼女は、学年、校内外問わず、人気がある。日本人離れした容姿に、学年トップを
常に手塚を争うほどの学力、天然ながら要所はきちんと締める采配、女子離れしたテニスの
実力、あっちこっちの雑誌から、常に依頼が絶えないモデル顔負けのセンスに、
常に湛えられる天使の笑顔・・・
入学して、同じクラスになった時、その美しさに、手塚でさえ見惚れたくらいだ。
自分のことを僕といい、ころころと表情豊かで、知己に富んだ彼女は、自分の中で、
どこか特別な存在だった。
「やれやれ・・・・」呆れたような呟きと共に、ノートを手にした乾が、不二と入れ替わりに
教室の反対のドアから入ってきた。
「なんだ?」手塚はじろりと睨んだ。
「まぁまぁ・・・」そう言いながら、乾は手塚の傍に立つと、もう片方の手を手塚の頬にあてた。
ひんやりとした感覚が、じんじんする頬に気持ちよかった。
「見ていたのか?」乾から濡れたハンカチを押し付けてもらって、
手塚は一層気難しそうな顔をして言った。
「そりゃ、姫の身を案じるものの一人としては、当然だろ?」
手塚の不機嫌オーラは、何時も乾には通じない。
「俺は、とって食ったりはしない」
「ふんっ・・・そうじゃなくて・・・・はぁ・・・・」
盛大な溜息をついてから、乾は手塚にじろりとした視線を向けて
「ほんとに忘れてるのか?お前・・・1学期の期末の時に、不二に言ったこと」
と心底呆れたように、そしてどこか腹立たしそうに言った。
「ん?」と言ってから、手塚は記憶の糸をたどった・・・
「あっ・・・」暫くの沈黙のあと、手塚が珍しく、驚きのような声を上げる。
「思い出したか?」
「あぁ・・・」
「で?」
「乾・・・すまないが・・・」
「わかってる、これを職員室へ届けて、戸締りはしとくから」
そう言って、乾は日誌を手にして、手塚に言った。
「助かる」カバンを手にして、教室を後にしようとする手塚に
「我々の姫をよろしく」と乾は言ったたのだった。
2年になり、クラスが違ってしまった二人だったが、女子同士で群れを成すことをしない不二は
たまたまなのだが、よく、ことあるごとに、手塚と昼休みに屋上で出会ったり、
図書室で出会ったりすることがあった。
期末考査の期間中だった。
手塚は、一人調べ物をしようと、下校途中、図書館へ向かっていた。
と、学校の角を曲がったところで、他校生にしつくこく言い寄られている不二と出くわした。
「なぁ、いいじゃん。一回くらい付き合ってよ」
「だから、嫌だって言ってるだろ」
「そんなこと言わないでさ、付き合ってみたら結構いいかもよ」
「良くない。ずっとイヤだって言ってるのに、いい加減にしたらどう?」
「何をしている?」
「わっ・・・手塚」背後からの大きな声に、不二の背がピクリと跳ねた。
「手塚?あぁ・・・テニス部の・・・関係ねぇだろ」挑戦的な目を向ける男子生徒に
「関係ないのは、お前のほうだ」圧倒的な手塚の威圧感に、相手はたじろぐ。
その隙に、不二をさっと引き寄せて、手塚は物凄い視線を飛ばして、そこを立ち去った。
「ごめん。助かったよ」と言う不二に
「いつもなのか?」と手塚が尋ねた。
「うん・・・試験期間中は、入れ替わり立ち代りいろいろ・・・日替わり定食みたいにね」
気まずそうに、不二は苦笑いをした。
「毎日か?」
「だってほら、部活があるときは、みんなと帰るし、遅くなったら、姉さんが迎えに来てくれるからさ・・・
ま、今日のはちょっと、しつこかったかな」
「なら、誰かと一緒に帰ったらどうだ?」
「時間があったらあったで、やることあるんだよ。これでも一応部長だしさ。僕」
毎日帰りに部室へ寄って、部室の片付けや、試験明けの練習メニューや、細かいことを
一人残って、少しずつやっていたと、不二は言った。
「少しは、人に仕事を振るということを覚えたほうがいいな・・・お前は」
呆れたように言う手塚に
「手塚に言われたくないよ。それにさ、男子と違って女の子の世界はいろいろあるんだよ。
何が哀しくて、2年で先輩差し置いて、部長なんかやらなきゃなんないんだろうね・・・」
と不二は可笑しそうに笑った。
いくら実力の世界とはいえ、やはりみなが同じ思いでいるとは限らない。入学早々から、
レギュラーの座につき、実力も全国レベル。容姿端麗で学力優秀。秀でた魅力は、
男女ともに人気の的の不二ではあったが、欠点がないなら無いで、妬まれることも多々あるのだ・・・
テスト明けから、誰にも文句を言われないように、卒なく部活を運営するために、彼女は一人
見えないところで、努力をしていたのだ。
少しは弱みを見せたほうが・・・とは思うものの、不二の手腕を好意的に見ていた手塚は
それならば・・・・と、次の日から、試験が終わるまで、勉強するならどこでやっても一緒だからと
図書室で、不二と待ち合わせをして帰ることにした。
そして、最後の日に、次の試験の時も同じようなら、いつでも声を掛けてこいと、
不二に自分から言っていたのだった。
夏休みの間に、すっかりきっかり忘れてしまっていた手塚・・・
一緒に帰っていた期間の楽しく、充実していた思いを、ずっとではないのだからと、
忘れようとしていたため、余計にそうなってしまったのだった。
自分は不二と付き合ってるわけではないのだから・・・と
大急ぎで校門を飛び出た手塚は、心細げに前を歩く不二に、すぐに追いついた。
「すまん」素直に口から言葉が零れた。
「え?」急に掛けられた声に驚いて、不二は振りかえって手塚を見上げた。
「悪かった」再び手塚が謝罪の言葉を口にする
「いいよ・・・忘れてたんだろ?それに僕の勝手な都合なんだからさ・・・」
小さく肩を落とす不二の姿に、手塚の胸はズキリと痛んだ。
「やっておきたいことは、だいたいできたから、明日から、エージあたりと一緒に帰るよ」
突き放されたような、諦められたような・・・手塚はそんな気がしてならなかった。
「不二・・・・」
「ん?」
「お前は、俺と帰るのはイヤか?」
並んで歩きながら、手塚はポツリと不二に尋ねた。
不二は、手塚の質問の意図が分からずに、唖然とした顔でポカンと手塚を見上げた。
「口が開いているぞ」
「あ・・・ごめん・・・ってさ!手塚が突然、意味不明なこと聞くからだろ?」
我に返り、慌てて口に手を当てながら、拗ねたような仕草をする不二の姿に、
手塚は綻んだような笑顔を向けた。
「もぉ・・・」と、手塚の意外な優しい視線、に一瞬顔を赤く染めた不二は
「イヤだったら、手塚のところに行ったりしないよ」と続けた。
「そうか・・・」手塚はどこか満足そうに呟くと
「だったら、これから毎日、俺と一緒に帰らないか?」と不二に言った。
「へ?」きょとんとしてる不二に
「たまにだから、今日のようなことになる・・・だったら、毎日一緒に帰っていれば、
こんなことにはならずに済むだろう」と言う手塚に
「あのさ・・・手塚・・・」と不二は言った。
「何だ?」
「それやるとさ・・・今度は、手塚のファンの女子に僕、袋叩きされちゃうと思う・・・」
苦笑しながら言う不二に、手塚は眉間にしわを寄せて
「なぜだ?」と言った。
「学校一の憧れの的だよ?手塚は・・・分かってんの?」呆れたように言う不二に
「だったら、俺はお前のファンに、袋叩きだな」と言った。
「何言ってんの?」ため息混じりに呟く不二に
「だったら、どうしたらいい?」と手塚は言った。
「どうもできないよ。大丈夫、明日から英二と帰るからさ」
答える不二に手塚は、ふっと立ち止まった。
「どうしたの?」
「それは・・・俺がイヤなんだが・・・」真剣な眼差しで手塚は不二に言った。
「え?何が?」
「お前が、菊丸達と一緒にいるということがだ」
「だって友達じゃない・・・なんで手塚が・・・」
と言いかけた不二の腕を掴んで、手塚は急ぎ足で、近くの公園に向かって無言で歩き出した。
「ちょっ・・・手塚っ!」
ワケが分からない不二は、慌てて手塚に向かって声をかけるが、返事はなかった。
グイグイと腕を引かれ、人気もまばらの公園のベンチに、座るように促されて、
不二はとりあえずと腰を下ろした。
そして、不二が座ったのを見て、手塚のその隣にゆっくりと腰を下ろした。
「・・・・あのさ・・・・英二がだめなら乾にでも頼むから・・・」
どういうわけか分からないが、どうやら手塚を怒らせてしまったと思い、
恐る恐る言う不二に、手塚は、はぁっとため息をついて、黙ったまま暫く見つめていた。
「・・・・乾もだめなら・・・・タカさん・・・」と言いかけた言葉をさえぎるように
「不二・・・」と静かに手塚のテナーが響いた。
「はい?」ピクリと反応して、背筋を伸ばす不二。
そんな不二の仕草も、手塚には可愛くて仕方なかった。
『この俺が・・・可愛いと思うとはな・・・』
今まで可愛いなんて感情とは、無縁の生活だった手塚にとって、瞬間的に沸いた不二に対する
そういう類の感情は、驚きでもあり発見でもあった。
そして、それを認めてしまったこの瞬間から、どんどん胸の奥から、不二に対する想いが溢れてくる。
他の誰かと居て欲しくはない。
他の誰かのものにならないで欲しい。
そして同時に、
自分の・・自分だけが傍にいたい
そう。独占欲・・・・
『きっとこれを、世間一般では、恋心というのだろうな・・』
どこか冷静な自分が、不二に対して熱い想いを溢れさせている自分に、
手塚自身の中で語りかける。
「俺じゃだめなのか?」手塚は、真剣な眼差しで、不二を見つめたまま言った。
「・・・・さっきも言ったじゃん・・・手塚はすごい人気者だし・・・
第一、僕は君の彼女でもなんでもないんだからさ・・・」
追い詰められたうさぎが、、小さくなって少しおびえたような顔をしながら、
自分を睨む狐を伺っている・・・まさにそんな様子だった。
「付き合っていたらいいんだな?」
「え?」何を言い出すのかと、不二は驚いてはっと顔を上げ、手塚を見た。
と、手塚の手が不二の顎に添えられると、くぃと引き寄せられる。
漆黒の瞳に見つめられ、不二は動くこともできず、ただゆっくりと瞳を閉じた。
透けるように白い肌に、僅かに震えながら閉じられた瞳に長い睫。
ほんのり色づいた頬に、ぷっくりとした桜色の唇。
絹糸のような薄茶の髪に手を入れながら、手塚は目の前のプリンセスに、
引き込まれるようにキスをした。
瞬間、強張る不二の体を、手塚はそっと包み込むように腕を回した。
「んっ・・・」と小さな声を上げてから
不二の腕が、縋るように手塚の胸の辺りの制服をぎゅっと掴んだ。
甘く漏れるその声に、手塚は魔法にかかったように、甘い不二の舌を自分のそれで追った。
力強い、手塚の抱擁を感じながら、戸惑う舌を、容赦なく貪られて、
不二は意識が舞い上がっていくような感じがしたのだった。
チュッと音を立てて、手塚の唇が不二から離れると、不二の泣きそうな深く蒼い瞳が、
縋るように自分を見つめているのを手塚は感じた。
暫くの沈黙の後、手塚は静かに不二に「好きだ」と告げた。
「手塚・・・」
「すまない・・・きっと、、一般的に言うと、順序が違っているんだろうが・・・
俺はこのテのことに疎くてな・・・」困ったような手塚に、不二はふっと柔らかい
天使の微笑を向けて「いいよ・・・」と言った。
「でも・・・どうして?突然・・・・」
「イヤ・・・前々からお前に対する自分の想いというのが、俺の中で特別な感じはしてたんだが・・・
それが恋愛感情なのかどうかがな・・・」今になってやっと分かった。
と手塚は苦笑いして言った。そして
「迷惑ではなかったか?」と心配そうに尋ねた。
「うぅん・・・なんか・・・・夢みたい」不二はほっと頬染めて俯いた。
「手塚は僕にとっても高嶺の花みたいな・・・でもなんかよく気が合うからさ・・・
僕の中でも特別だった」
「そうか・・・」よかったと手塚は呟いた。
「今更かもしれんが・・・・俺と付き合ってはくれないか?」
「僕で・・・いいの?ほんとに・・・」
「あぁ・・・お前が・・・お前でなくてはだめだ」
「手塚・・・」
そして二人は、お互いの気持ちを確かめるように、またキスをした。
「このとおりの不器用な男だから、お前に苦労をかけてしまうかもしれないが・・・」
「うぅん・・・・そんな手塚が好きだから・・・・僕のほうこそ・・・こんな男だか女だか
分からないような僕だけど・・・」
「俺も・・・そんなお前が好きだから・・・」
「手塚・・・」
「お前は誰よりも、綺麗で可愛い女の子だ」
溢れる愛しさに、手塚は不二をそっと抱きしめた。
「お前の彼氏になったとこで、風当たりは強くなるだろうからな・・・・
油断せずにいかなくては・・・」手塚はそう言ってふっと微笑んだ。
「くすっ・・・・誰より・・・何より素敵な僕の王子さまだよ」
不二は嬉しそうに、手塚の首に手を回して抱きついた。
神々しささえ漂うベストカップル・・・
二人の心配することもなく、あまりの圧倒的な組み合わせが発するオーラに、
誰もが祝福し、羨望の眼差しを向けるのだった。
ブラウザの「戻る」でbackしてください