我が家の事情 佐伯家の場合
「帰ったよ」
「おかえり。虎次郎」
「ただいま、周」
結婚15年目の佐伯夫婦は、今も変わらず新婚気分が抜けないまま。
朝の見送りと、帰りのお迎えのキスは、子供達が見ていようがいまいが、
関係なく日課とされていた。
「んふっ・・・」
遠距離フライトを終え、久しぶりの我が家での愛妻からのキスに、玄関先ということを
すっかり忘れてしまった虎次郎は、ぐっと周を抱き寄せて、深い口付けをしていたのだった。
「をいっ!」
「ん?」
はっと、虎次郎が目を向けると、長男の春風が、顔を真っ赤にしながらムッとして
二人を見つめて立っていた。
「あ、ハル、ただいま」虎次郎は、爽やかな笑顔で春風に言う。
その腕の中で、周は腰が抜けたように、蕩けそうな瞳をしていた。
「ったく・・・あいつら来る前にどうにかしろよ」
そう言って、春風はまたリビングの方へと戻っていった。
「ってことらしいから、続きはまた、今夜だね」
上気した瞳の周に、虎次郎は微笑みながら言った。
「続きって・・・もぉ。虎次郎がしかけてきたんじゃない・・・」
「嫌だった?久しぶりなのに」
「意地悪・・・」
「クスッ・・・かわいいね、周は」
と、そこへドドドドドっ、ダダダダダっと賑やかな音と共に、
佐伯家のちびっ子ギャングがやってきた。
「パっパーー!」
「みやげ〜っ」
小学1年の双子のヒカルと剣太郎だ。
「おぉっ・・・二人とも、お利口にしてたか?」
「「うん!」」
リビングで、お土産のお菓子を口にしながら、双子達は我先にと虎次郎に留守中の話を
する。
「スッチー相手に、鼻の下伸ばしてんじゃねぇの?」きつい突っ込みをいれる春風に
「ご心配なく、ハル。周以上に素敵な女性はいないよ」と虎次郎は答えた。
「あ、そ」と返事をしながら、相変わらずの両親のバカップルぶりに、
『やってらんねぇぜ』と春風は一人、心の中で呆れるのだった。
「ねぇ・・これは?」
大ぶりの包みを見つけた周が、玄関から虎次郎の荷物と一緒に持って来た。
「あっ・・ごめん、周。俺、荷物置いたまんまだった・・・」
「いいよ、気にしないで、虎次郎は疲れてるんだし、これくらい僕、平気だよ。
で・・・これ、何?」
「あぁ、スイスでさ、凄くいい感じの細工時計があってさ・・・」
「へぇ・・・あけていい?」
「あぁ、周の好きなところに飾っていいよ」
「時計は、ここにオクロック!」サイドボードを指差しながら言うヒカルに、春風の踵落しが
炸裂した。
「うぅ・・・・」
「きゃっ・・・ハルちゃん!って・・・ヒカルっ!大丈夫?」
「うわぁ〜〜兄ちゃんすごい!俺もしてみたい!女の子にモテルかな〜〜」
蹲るヒカルの脇で、剣太郎が目をキラキラさせながら見つめていた。
「何言ってんだよ、剣太郎・・・相変わらず、ハルのツッコミは体当たりだな。
それにしてもヒカル、また腕上げたんじゃないのか?」
「だよな!!ったく。ハル兄はわかっちゃねぇよ」
「うっせー、腐れ駄洒落・・」
「駄洒落言う人を、『ダジャらー』っていうんだよね」
「周までなんつーこと言ってんだよ、だからこいつがいい気になるんだろ」
春風は頭を抱えながら、ソファにどかりと腰を下ろしたのだった。
幼馴染の虎次郎と周は、20歳の時に学生結婚をした。
虎次郎は、名パイロットとして、世界を飛び回り、活躍をしていた。
格好よくて爽やかで有能で、同僚たちからも信望が厚く、女性パーサー達からも
絶大な人気があった。
当初は、所帯持ち度返しで、いい寄る者も数多であったが、虎次郎にとって、
全ては愛妻の周ただ一人、どんなに言い寄られても、周以外の女性は目に入らない状態、
何度か佐伯家を訪れた人が、周を目にして、その理由を思い知るというか、
自分達も周の虜になってしまう始末。そんなこんなで、今では、
『佐伯機長は愛妻家』で有名になってしまっているのだった。
周は、学生女子テニスのチャンピオンで、プロ入りを切望されながらも卒業と同時に
春風を出産したこともあって、主婦業に専念している。
学生時代は、モデルの声もかかり、度々雑誌を飾ったりもしていた。
プロに進まなかったことで、芸能界入りの声もあったが、こちらも、全ては愛する夫、
虎次郎ただ一人の一途さで、きっぱりすっぱり断ってしまったのだった。
いつまで経っても年を取るということとは無縁のように、愛くるしく器量よしで、
見目麗しく、とても子持ちには見えない。街を歩けばいまだにナンパに逢う程で、
ただの主婦で置いておくには勿体無いくらいだった。
夕食後、子供達は、久しぶりに父と賑やかに風呂に入った。
「明日はお休みだよね」リビングでくつろぐ虎次郎に言う周に
「うん。何かあるの?」と虎次郎が答えた。
「明日さ、ハルがオープンクラスなんだよ」
「へぇ・・」
「って・・・お前ら・・・来るとか言うんじゃないだろうな」
弟達とゲームをしていた春風が、慌てて振り向いて言った。
「え?僕はそのつもりだけど?」愛くるしい顔で答える周に
「いいってばさ・・」と春風は困惑したように答えた。
「どうして?」
「どうしてって・・・・」答えに詰まる春風を見て、事情が分かる虎次郎はクスッと笑った。
超絶美麗な周は、幼稚園でも小学校でもそして中学でも、子供の行事で顔を出すたびに、
話題にあがり、周囲を騒然とさせていた。
もっとも、それが虎次郎とペアとなると、威力は倍増するのだ。
後で友達からいろいろと追求されたり、冷やかされるのが、春風にとっては恥ずかしかったのだった。
同じ兄弟でも、双子たちは大いに自慢としているのだが・・・・
「いいじゃん、ハル。たまにはさ」と虎次郎が言った。
「えっ・・・」
「だって、周は行くつもりだったんだろ?お前が駄目なんて言ったら泣いちゃうかもね」
不敵な微笑と共に春風を見る虎次郎。
密かに思いを寄せているというか初恋の相手が母というほどのマザコンの春風にとって、
母の涙は致命傷。
「ったく・・・いいよ。んじゃ・・・来いよ」と諦めて呟く。
「ほんと?よかった〜〜、虎次郎も一緒に行こう。ね?」
「あぁ」
嬉しそうな周の顔に、春風も虎次郎も満足そうにホッとするのだった。
「あ〜〜いいなーーハル兄だけ〜〜」
「ずっこい!ずっこい!」
文句を言う双子達に
「じゃあ明日のテニスのレッスンはパパと二人で見に行くね」と周が言った。
「「やった〜〜」」
「さて、そろそろ子供は、お休みの時間だね」
虎次郎はそう言って、春風にウィンクをした。
『はぁ・・・っ』溜息をついて春風がゲームを終わらせて
「おら、行くぞ」と二人を促した。
「おやすみ〜〜」
「しゅうにちゅう」とお休みのキスを迫る双子に
はいはいと、周と虎次郎はそれに答えた。
「とりあえず朝は頼むよ。埋め合わせはするからさ」
そう言って、またウィンクする虎次郎に、
「はいはい・・・ったく」とぼやきながら春風も部屋へ向かった。
「え?朝って・・・・もしかして・・」
たじろぐ周に
「久しぶりだろ?今夜は眠らせないよ。いっぱい啼いてね」と不敵に微笑んで虎次郎が言った。
「うそっ・・・」
案の定、翌朝、起きてきたのは虎次郎だけで、春風は手早く支度を済ませて
双子と学校へと向かった。
「ほどほどにしとけよ・・・無理なら周は今日は来なくていいからな」
と言う春風に
「ご忠告ありがとう。今日は行くよ。二人でさ、ハルの自慢のママをみんなに披露しなくちゃね」
虎次郎は答えた。
『あぁ・・・このおやじ・・・相変わらず腹黒いわ・・・』
春風のこの日の心の叫びというか嘆きは。。。
まだまだこれは、序章にすぎなかったのだった。
夫 佐伯虎次郎 36歳
妻 周 35歳
今日もラブラブバカ夫婦
そんな一家のとある日でした・・・
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