カウントダウン



















「いい加減どうよ」

隣を歩く恋人に、跡部は痺れをきらせたように尋ねる。



「え?なんのこと?」

まるで無関心のように、彼女はその問いにしらっと答えた。



「おまえなぁ・・・」これだけ毎日言われて、よくそんな言い方ができるな

と、呆れ果てたように跡部は言った。


「毎日ねぇ・・・・って言われてもさぁ、何のことだかね?」

煮ても焼いても食えない彼女。

けれど、そんな彼女に囚われつづけて、一体今年で何年になるのか・・・

心の中で溜息をつきながら、跡部は「ったく・・・」と小さく言ってから

「一緒になるって話だ!いい加減にしろ」と言った。



「まだヤだよ」



刀を鞘から抜くと同時に、斬られたような気がする跡部は、うっ・・と言葉を

詰まらせてしまう。

せめて、向かい合って、構えてからにしてくれ・・・・

そして、大急ぎで意識を自分に取り戻し、猛スピードで頭を回転させ、目の前の

恋人に返す言葉を考えた。




「何が不服だ」

天下の跡部グループの、泣く子も黙るトップの跡部景吾に、求婚されながら「ヤだ」の

一言で彼を玉砕し続ける恋人の不二周に、流石の跡部も我慢が切れたのか

今回は引き下がれないとばかりの勢いで迫った。



「自覚あるの?」



「あるわけねぇだろ」



「僕も、不満や不服はないよ」



「だったらどうして・・・」



「だって、ヤなものはヤなんだもん」



彼女とは幼馴染で、物心ついた頃からずっと一緒だった。

外資系企業に勤める父に、ついてまわっていた彼女と、初めて出会ったのはアメリカだった。

一つ違いの弟の影響で、自分のことを「僕」と言う彼女。

日本人離れした容姿に、良家の子女特有の華麗な立居振る舞い。

加えて頭脳明晰で、何事もそつなく、人並以上にやってのける才能。

何もかもが自分をも圧倒するほどのものだった。

小学校高学年で、日本へ揃って帰国し、自宅もご近所だったため、自然と二人で過ごすことが

多かった。



途中、佐伯虎次郎という人物が、自分たちの間に入ってきたりもしたが、跡部の目には

自分が傍に置くべき存在は、男でも女でも不二以外を許さなかった。



それが、中学を、自分とは違うところへ進学され、揚げ句、ライバルの手塚という男に

寝盗られ、泣くに泣けない状態から、高校を自分の通うところへ編入させ、再び独占権

を手にするのに、どれだけ修羅場を経験し、労力を使ったことか・・・



その気になれば、一声でありとあらゆる女達が自分に傅いてその身を捧げるというのに、

自分がその気になるのは、こまっしゃくれた、一癖も二癖もある幼馴染の彼女だけで、

しかも、たちが悪いことに、彼女は根っからの天然で、正式な彼氏は跡部だと

彼女にしっかり認識させることができたのは、高校を卒業しようかという頃だったのだった。







両家公認での付き合い。

おおっぴら気に公表して、不二に言い寄る輩を蹴散らし、余所見をさせないようにもした。

なのに、天下の跡部景吾は、安息の日とはほど遠い毎日を送っていた。

かつてのチームメイトや、他の人が見れば、目を疑いたくなるような光景なのだろう。



そして、大学に入学してから、何十回プロポーズの言葉を言い続けてきたか・・・



他の女性なら、二つ返事で尻尾をちぎれんばかりに振って、恭しくOKするだろうに、

こともあろうに、この恋人は「ヤだ」の一言しか、自分に返してはくれなかった。

逆ギレもせずに、同じ事を繰り返すのは、跡部にとっての不二が、よほどの存在だからなのだろう。











「お前なぁ・・・」

あれこれ考えると、跡部の中には、八つ当たりにも似たイライラとした感情がわいてくる。


「何をそんなに焦る必要があるの?僕は逃げないし、こうしてずっと君といるじゃない」

口端を上げて微笑んでいるように見えるが、目は全然笑っていない不二に、嫌なオーラを感じながら跡部は


「別に焦ってなんてねぇ・・・。それより、そこまでお前が固辞する理由を、知りてぇだけだ」

心なしかそういう跡部が寂しそうで、不二はえっという顔をした。



じっと自分を見つめる跡部の切なげな瞳に、不二は寂しそうに微笑むと、静かに言葉を紡ぎ出した。


「景吾とは、いつかはそうなれればいいなぁって思うけど。それは僕の一方的な思いで、

景吾には、時間をかけて、本当によく考えてから決めて欲しいんだよ。

本当に、君の傍に置く人を、僕なんか選んでもいいのかどうかって・・・」



今までの強気な不二とは違う様子に、跡部は内心驚きながらも、ここまで自分が、なりふり構わず

この恋人の為にやってきたことを、なんだと思っているのかという気持ちがして、

情けないやら腹立たしいやらで、これ以上この件に関して言葉を交わそうものなら、

きっと収集のつかない事態になりそうで、溜息をついて全ての言葉を飲み込んだ。







「分かった。もう少しお前に猶予をやる。それまでにお前が腹くくっとけ」


「え?」


「俺の気持ちは、分かってるはずだ。それに、俺がその決心をくずさねぇこともな。

もともと、俺んとこもお前んとこも了承済みのことだ。そうなりゃ、あと、残ってるのは

お前が腹くくって、俺の気持ちに答えるのを待つだけだろ」


「景吾・・・」

お見通し・・・それでも敢えて、自分に合わせてくれようとしてくれる、跡部の想いが

不二の心にしみていった。



「待ってやろうじゃねぇか。ふん・・・世界広しといえども、この跡部景吾を待たせる女は、

お前一人しかいねぇよ」ふっと笑う跡部に、不二は溢れる感謝の気持ちとともに、

「ありがとう」と静かに言ったのだった。









それから暫く、またいつもの日常が戻り、跡部は手を焼く不二に振り回されながらも、

充実した日々を過ごしていた。














「すぐ、結婚すると思ってたのにな・・・」

久しぶりに出会った幼馴染の佐伯が、不二に言った。


「え?どうして?」


「だってさ、お前が氷帝行くだのどうだのって、すっげー修羅場展開してたじゃん。

それを収集したのが跡部だったし、その跡部についていくって決めたのは

お前だったからさ」


「修羅場だなんて・・・」俯く不二に


「分かってんだろ?自分を蚊帳の外に置くなよ」

跡部でさえ触れずにいようとしてくれる話題に、佐伯は遠慮なく踏み込んでくる


「相変わらず、サエは手厳しいね」


「跡部が甘過ぎるんだよ。ま、だから俺は選んでもらえなかったんだろうけどな」


「そんな・・・」


「俺は遠慮しないよ。周にも跡部にも。それでなんかの拍子に、お前を手に入れることが

できたら儲けモンって思ってるからな」ふっと笑う佐伯に、つられて不二も笑うのだった。


「まさか、跡部が手をこまねいてるとか?」


「それこそ、まさかだよ・・・景吾は、いつもきちんと気持ちを言ってくれてるよ」


「へぇ・・・臭い台詞で?」


「ん・・・でもほら。様になるから、別に違和感ないよ」


「はいはい・・・様になるね。さり気に惚気?」


「やだなぁ・・・そんなんじゃないよ」


「で?断ったの?それを?」


「それって?」


「跡部のプロポーズ」


「えっ・・・」


「え?違うの?っていうか、ちゃんと言ってないのか?あいつ」


「うぅん・・・それなら何十回も言ってくれてる」


「えっ!!!!!」

佐伯は驚いたように、席を勢いよく立ち上がると、身を乗り出して声を上げた


「サエ・・・恥ずかしいよ」周りの注目を浴びて、不二は佐伯に言った


「あ・・・ごめん。ごめん」

佐伯は周りに爽やかなスマイルを振りまいて、びっくりしちゃった?なんていいながら

席に座った。


スマイルを振りまかれた女性達は、佐伯に見惚れるのだった。


「相変わらずだね」そんな様子を見て、不二が笑う。佐伯もビジュアル系アイドル並の容姿で、

非常にモテる君だったのだ。


佐伯はそんな不二の言葉を聞くこともせず、

「おまえ、ずっと断ってるのかよ」と、さっきの話の続きをするのだった。



「うん・・・」気まずそうに言う不二



「はぁ・・・っ」言葉をなくす佐伯





暫く沈黙が流れた。






「跡部か?原因は・・・・」

御曹司の彼には、常に浮いた噂がつきまとい、彼目当ての女性達もなおのこと、

いくら不二が正式な彼女といっていても、おかまいなしで迫る輩も多かった。



「・・・・どうだろう・・・」不二はそういうと俯いた。


「ふん・・・・俺ならお前にそんな顔させないけどな」と呟く佐伯


「え?」と顔を上げた不二に


「言いたかないけど、あいつ。信じらんないくらい、キレイなもんだぜ?」と佐伯はニッコリ

微笑んでいった。

「ガラにもなく、ちゃんとお前一筋で、操たてちゃってんだぜ?」

信じてやれよという佐伯に



「うん。大丈夫だよ。世界のだれより信じてるから」と不二は綺麗な笑顔で答えた。

「後はやっぱり僕自身かな・・・」呟く不二に


「そっか。まぁ、ゆっくり考えればいいさ、俺達はまだ学生だし」と佐伯が言った。


「うん」


「けどさ、嫌になったらいつでも言ってくれよ?」と笑う佐伯に


「ありがとう」と不二は呟いた。


いつも3人の仲を、微妙な関係でとりもってくれている佐伯。

彼の存在に、不二は救われることが多かった。



















「佐伯の奴が電話してきやがった」

車を運転しながら、前を向いたまま跡部が言った。



「そっか」

きっとこの間のことだろうと思いながら、不二も前を向いたまま答えた。


「『思ったよりオクテだったんだな』だとよ」


「え?」


「うぜぇから『やることはやってる』って言ってやった」


「けっ・景吾!」

おどろいて、顔を赤く染めた不二に、跡部はニヤリと笑うと、車を脇によせて止め、

すぐに顎を引き寄せると、唇を重ねた。

「んっ・・・」

身じろぎながら、甘い息を漏らし、縋りつくようにシャツを握る不二の口内を

跡部は貪るように翻弄した。

強く自分を求めながらも、優しく蕩けさすように舌を絡ませる跡部に、

不二はたちまちに追い詰められていった。

一通り口内を貪られ、潤んだ瞳で跡部を見上げる不二に


「んな顔すんな」と跡部は、ふっと笑ってから再び車を走らせた。







不二の希望のデートコースをドライブし終わった跡部は、あらかじめ予約していた

ホテルへと不二をエスコートした。



一流のグレードのホテル。前もって何も言われていなかったために、思いっきり普段着の

自分に戸惑う不二に、跡部は呆れたように溜息をつくと、不二の頭に手をポスと置いて



「お前は・・・いい加減自覚しろって、なんべん言われりゃ気がつくんだ?」と言った。


「え?」という不二に


「ふつーにしてても、他の連中とは比べモンにならねぇくらい最高にいい女だ。心配すんな」

と跡部は、優しく言ったのだった。







確かにそんな二人は、普段着姿でも絵になった。

すらりとして気品を漂わせる不二は、立っているだけで十分なほど、跡部とお似合いだった。











「相変わらず凄いね・・・」

とてもじゃないが大学生の分際で泊まることなんてできないようなグレードの部屋に、

不二は感嘆の声を上げた。



すると、後ろからぎゅっと身体を抱きしめられ、振り向くと同時に、唇を塞がれた。



「んっ・・・」

不二はそのまま跡部にさっと抱かれて、ベッドへ連れていかれ、瞬く間に組み敷かれていた。



「ヤっ・・・」



「うっせー」



「だって・・・」



「んだよ」



そうしてる間にも、忙しなく動く跡部の手に、身に着けているものを次々と剥がれていく



「シャワー・・・」



「んなもん後でいいだろ」



目の前に曝け出された透き通るように白く、スタイルのいい肢体と、ベッドに散らばる薄茶の細い髪、

上気して潤んだ深く蒼い瞳をじっと上から見つめながら、吸い付くような肌に指を這わせ、

跡部はその身体に吸い込まれるように覆いかぶさっていった。



自分の身体を知り尽くしている跡部の愛撫に敵うはずもなく、不二は与えられる快感と

跡部の温もりに溺れていくのだった。









「あぁっ・・・景吾っ・・・」

自分の中で増していく跡部の熱を感じながら、強く激しく突き上げられ、

不二は跡部に強くしがみついて、艶のある声を上げ続けた。



絡みつく不二に痺れながら、跡部は夢中でその身体を貪る。

片手で不二の腰をしっかり掴んだまま、荒々しく腰を突き上げ、

もう片方の手で、張りのある乳房を鷲掴みにしながら、

仰け反る不二の白い首筋に跡部は吸い付いた。





「景吾ッ」



「周・・・」




真っ白い光の中に二人で一緒に・・・・

















「あぁ・・・ん。もぉ」荒れた呼吸の中、呟く不二に



「んだよ」と跡部が言った。



「だって・・・」



「よくなかったのかよ」


子供のように、少し拗ねた顔で言う跡部を見て、不二はクスっと笑うと


「すごくよかったよ」と言った。



ふっと笑って、跡部はゆっくり不二にキスをする。

柔らかい唇を堪能するかのように、優しく優しく何度も繰り返した。



「好き・・・景吾」



「あぁ・・・愛してる。周」



汗ばんでいるが、それでも二人にとっては、触れ合う愛する人の肌であり、何より心地よかった。

そこはかとなく与えられる安堵感に、このまま溶け合いたいと思うのだった。







「なぁ・・・俺じゃだめなのか?」

突然の跡部の言葉に、不二はおどろいたように「え?」と声を上げた



「俺じゃ、お前は幸せになれねぇか?」



「そんな・・・僕は今のままでも十分幸せだよ。どれだけ景吾に幸せにしてもらってるか

わからないくらいなのに・・・」

跡部の腕の中でそういう不二は、たまらなく跡部の庇護欲を煽った。



「だったら・・・これからもずっとお前を幸せにしてやる。だから一緒にならねぇか?」

跡部の瞳をじっと見つめて聞いていた不二は、嬉しそうに微笑んで静かに「ん」と頷いた。



跡部は、一瞬信じられないと言った顔をしてから、とても安心したような笑顔をして

「やっと・・・腹括れたのか」と静かに言った。



「景吾が僕に勇気をくれた」



「え?」



「だって・・・これで・・・100回目だよ」



「は?」



「景吾が僕にプロポーズの言葉くれたの・・・」



えっと暫く黙っていた跡部はマジ?と小さく呟いた



「うん。ごめんね」



「いや・・・悪かねぇけど・・・なんでだ?」



「景吾は・・・跡部景吾じゃない?ほんとうに僕でいいのか、本当に時間が欲しかったんだ。

100回・・・僕が断り続けてもそれでもって言ってくれるなら大丈夫かなって・・・

それに、そうしてる間に景吾自身も考えることができるじゃない?

家柄も何もかも、僕より景吾にふさわしい人は一杯いるから・・・」

そう言って目を伏せた不二の顎を引き上げて、跡部はチュッと優しくキスをすると



「バカだな・・・」と呆れたように言うのだった。



「ごめん・・・」



「で?俺さまは99回フラれ続けたことになるのか・・・」



「怒ってる?」



「100回でよかったわ」笑う跡部に



「え?」と不二が言う



「1000回だったらと思うとゾッとするぜ」



「景吾・・・」



「ま、それでも俺はお前にし続けるだろうけどな・・・プロポーズを」



跡部の言葉に不二の瞳からどっと涙が溢れて零れ落ちた。









「さて・・・これから忙しくなるぜ」



「え?」



「天下の跡部景吾の結婚だからな」覚悟しとけと跡部はふっと笑った



困ったように微笑み返す不二に



「幸せにする。俺はお前を必ず守るから、お前はドーンとしてりゃそれでいい」

と言った。





「景吾ったら・・・」幸せそうに笑う不二に



「お前はそうやっていつもどおり笑ってりゃそれでいいんだ。愛してる・・・周」

と跡部は言ってから優しく抱きしめた。



「ありがとう景吾。僕を選んでくれて」



「ばーか、俺を選んだのはお前のほうだろ?」俺は99回フラれたんだからなと跡部が言った。











初めてプロポーズした時から始まったカウントダウンは今ようやく終わり、

これから二人で重ねる日々をずっと一緒にカウントしていこう・・・・



ずっと

ずっと



一緒に・・・・













後日

挙式のスピーチで佐伯にプロポーズの場所と状況をさり気に暴露され、

「さすが・・・跡部」と言う声の中、一人顔を真っ赤にする新婦が

殺人的に可愛かったとか・・・・・


































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